▽海外で発表された論文が、医学知識がやや乏しい人たちに邦訳されて間違った情報として伝えられてしまうことがあります。それが、医師向けの記事だったら、“2次被害”につながりかねません。最近、医師向けのポータルサイトのニュース記事で偶然、そんな内容を発見しました。テーマは肥満と認知症の関連性です。

 

▽原文は英オックスフォード大学出版局が発行する『Age and Ageing』が1月9日に配信したオンライン版に掲載されています。投稿者は「London School of Hygiene and Tropical Medicine(略称LSHTM)のAlexander N. Allen氏です。LSHTMは歴史の古い(1899年創立)、国際保健と熱帯医学分野で世界でもトップクラスのロンドン大学の大学院です。

 

▽その学校の先生が研究の成果を医学雑誌がオンラインで公開しているのを、日本の医師向けのポータルサイトが取り上げるのは当然でしょう。ただ取り上げる以上、原文に忠実な邦訳が求められます。まして医師向けを標榜しているサイトならなおさらだと思います。

 

▽今回の講座はAlexanderN.Allen氏ら(Alexander N. Allen et al.)の研究成果を原文に忠実に訳しながら痴ほうと体重の関連性を書きます。まず、医学用語の説明から始めます。この研究は「コホート研究」と呼ばれています。特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡して研究対象の病気の発生率を比べて、要因と病気が発生する関連を調べます。「前向き研究(prospective study)」と「後ろ向き研究(retrospective study)」があります。前向き研究は、研究を立案して始めてから新たに生じる事象を調査します。後ろ向き研究は、過去の事象を調査します。

 

▽肥満は痴呆になりにくいとする仮説を証明すべくAllen氏らは、痴呆を伴う死亡と体重、BМI (体重を身長の2乗で割った数字です。肥満の目安になります)の関係を中年と高年で調べました。

著者(Allen)らは、ロンドンの中央政府職員の中年男性1万9019人を対象に1967-70年に行われた研究と1997年の再調査で生存していた6158人の身長と体重を測定しました。主な結果は次の通りでした。

 

1.中年期に測定された体重は認知症による死亡と弱い逆相関を示しました。(1kg当たりの)ハザード比(Hazard ratio)は0.98、95%信頼区間(Confidence interval)は0.97~0.99。 1kg当たり認知症による死亡を2%減少させました。しかしながら、身長もBМIも、認知症による死亡に関連しませんでした。体重とBМIは医療者が測定し、年齢、喫煙習慣、職業階層、婚姻状況で調整しました。

 

ここで「「ハザード比」と「95%信頼区間」を説明します。ハザード比は、結果(アウトカム)が発生する割合を表す相対的な指標、即ち「相対的な発生率」です。ハザード比が0.9なら、「10%減少」、1.5なら「50%増加」という意味です。一方、サンプリング(対象の全集団からの標本抽出)したデータの結果を全集団にそっくり当てはめると誤差が生じます。その誤差を計算したのが95%信頼区間です。信頼区間が1をまたぐと「有意差なし」、1よりも小さいと「リスク減少」、1より大きいと「リスク上昇」です。

 

2.一方、高年期の体重は認知症による死亡と強い逆相関を示しました。1kg当たりのハザード比は0.96(95%信頼区間は0.95~0.9)。1kg当たり認知症による死亡を4%減少させ、BМIは8%減少させました。

 

3.ベースライン(1967~70年に行われた研究)から再調査(1997年)までの30年間の体重減少は、認知症による死亡リスクの増加と関連し、30年間で1kg減少当たりの調整ハザード比は1.04(95%信頼区間は1.02~1.08)でした。

 

▽BМI減少との関連はより強く、1kg/m2減少当たりの調整ハザード比は1.01(95%信頼区間1.03~1.19)でした。高年齢のBMIは、中年期と比べ認知症による死亡と強く逆相関(BMIが高いと死亡が減る)し、中年期から高年へのBMIおよび体重の減少が認知症による死亡と強く関連しました。

 

▽この結果は、中年から高年期にかけての体重とBМIの減少は、痴呆の診断やその症状が出る前に観察されるという過去の研究を支持する結果でした。

 

▽日本語に直訳し医学用語の解説を間に入れると読み辛くなります。要は、Allen氏らは「中高年期の体重やBМI値の減少は、痴ほう診断や症状がおこる前におこる」と指摘しているのです。用心されてください。

 

 参考文献:Age and Ageing 2019;0:1-7 doi:10.1093/ageing/afy182