2012年10月

【連載記事③】 妊娠高血圧症侯群の治療法― 硫酸マグネシウムの問題点(2)

 妊娠高血圧症候群の基本的な治療薬として長期持続投与されている硫酸マグネシウムは、投与量が過量になれば心停止を来すなど危険な薬剤であり、米国のMittendorfらは、硫酸マグネシウム投与による胎児脳室内出血や周産期死亡の増加の危険性を指摘しています。1)

われわれは、臨床で使用されている量の硫酸マグネシウムを妊娠自然高血圧発症ラット(妊娠後期)に長期投与すると、胎仔の心臓の血管が極端に形成不全になることを見出しました。2)

硫酸マグネシウムは低分子であり、容易に胎盤を通過します。硫酸マグネシウム投与で胎仔心臓の血管形成が極端に障害された事実は、動物実験ではありますが、治療後の新生児の心筋に何らかの障害が起こる可能性を示しています。

小児拡張型心筋症の原因は不明とされていますが、硫酸マグネシウム投与後の新生児における拡張型心筋症発症との関連は、今後検討すべき重要な課題と考えられます。β2刺激薬が母体と比べて格段に小さな胎児の心臓へ与える負荷がいかに大きなものかは、想像に難くありません。


 


 


1)       Mittendorf R, Pryde PG: A review of the role for magnesium sulphate in preterm labour. BJOG 2005; 112(Suppl 1): 84-88.

2)     Ishii M, Hattori A, Numaguchi Y, et al: The effect of recombinant aminopeptidase A (APA) on hypertension in pregnant spontaneously hypertensive rats (SHRs). Early Hum Dev 2009; 85: 589-594.

水谷栄彦 小林浩;妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)と早産の病因解明および新治療法開発の必要性

日医雑誌 第139巻・第3号/平成222010)年6月  より編集

【連載記事②】 妊娠高血圧諸侯群の治療法― 硫酸マグネシウムの問題点(1)

妊娠高血圧症候群の病因は、現在全く不明です。妊娠高血圧症候群が重症化すると妊婦の血圧は急激に上昇し、そのため脳血流が障害されて意識が消失し、全身が痙攣状態となり、さらに増悪すると脳内出血へと進展します。

胎児を娩出させると妊娠高血圧症候群は軽快するため、産科医は母体を優先し、妊娠を中断させ、極小未熟児を娩出させざるをえません。

妊娠高血圧症候群には、一般的な高圧薬はほとんど効果がありません。妊娠高血圧症候群の治療薬としては、現在、硫酸マグネシウムが世界の主流ですが、硫酸マグネシウムは本疾患の根幹である血圧上昇に有効ではありません。

硫酸マグネシウムは、妊娠高血圧症候群の重症化(急激な血圧上昇)による意識消失と痙攣発作の際に、抗痙攣作用を期待してワンショットで使用されていました。ところが、最近では、本剤が妊娠高血圧症候群の基本的な治療薬として長期持続投与されているのです。

 

水谷栄彦 小林浩;妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)と早産の病因解明および新治療法開発の必要性

日医雑誌 第139巻・第3号/平成222010)年6月  より編集

【連載記事①】 妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)と早産の病因解明および新治療法開発の必要性

はじめに

産科と新生児医療の崩壊が叫ばれてうますが、はたしてそれらは産科医や新生児集中治療(NICU)のベッドを増加させることで解決されるのか疑問です。

 産科合併症として頻度が高い①妊娠高血圧症候群と②早産の病因が現在全く不明で、それらの治療法は対症療法しかないのです。したがって両疾患とも重症化すれば、産科医は未熟児を分娩させるしかなく、その結果、新生児医を多忙にさせているのが現状となっています。   

また、陣痛発来の機序がいまだ全く不明で、産科医は陣痛発来を予知できません。少子化といえども年間100万の分娩に産科医は立ち会っており、昼夜を問わず分娩に対処しています。産科と新生児医療の崩壊を防ぐには、これらの問題の解決が急務です。



水谷栄彦 小林浩;妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)と早産の病因解明および新治療法開発の必要性

日医雑誌 第139巻・第3号/平成222010)年6月 より編集


 

 

 

妊娠中毒症になりやすい方。見逃せない産婦人科医の妊婦教育の様変わり。

妊娠中毒症にかかりやすいタイプがあります。どのような方が妊娠中毒症になりやすいかといいますと、

   ご両親の一方、または両方が高血圧である方。

このような方はそうでない方と比べて2~4倍多く発症します。

   もともと高血圧症だったり、腎臓に障害があったりする方。

妊娠すると発症しやすく、また重症となりやすいことも明らかです。

   初産の方、極端な若年や後年(35歳以上)、極端な肥満や痩せの方。

   双子や三つ子の妊娠。

などでは発症が多いようです。

 こういった例の他にも注目しておきたいことがあります。

 近年、早産は増加傾向にあり、世界では1年間に約100万人もの新生児が早産が原因で生後1か月以内に死亡していることが、2009年米国非営利団体「マーチ・オブ・ダイムス」調べにより明らかにされています。それによると、早産の割合がもっとも高かったのはアフリカの11.9%で、最も低かったのは欧州の6.2%でした。この事実は、早産の背景にある社会・経済的な問題を示唆しています。

  現代の女性は、男性と対等な立場で仕事をこなし、さらに、家庭では食事の世話や掃除など多忙で、休日にはショッピングやレジャーに外出し、なかなか安静がとれません。核家族化していますから、お手伝いをしていただく方もいません。

 古くは、産科医は妊婦に可能な限り安静にするように指導していました。しかしながら、現代の妊婦教育は変化し妊婦は安静よりも運動をすべきとする風潮があります。極端な例は、日頃はほとんど運動しない女性が妊娠した途端、産婦人科医の勧めでエアロビクス教室に通い始めたという笑えない話も耳にします。産婦人科医が「流産しなさい」と言っているようなものなのです。 これらのことは、母体に少なからずストレスを与え、近年の早産増加の背景因子となっていることは想像に難くありません。

多くの妊婦さんを診察する中で、立ち仕事の方や通勤に長時間(片道30分以上)かかる方などが、妊娠中毒症になりやすいように思います。

 妊娠中毒症の予防の決め手になる方法はありません。定期健診をきちんと受け、ふだんから過労を避け、バランスのとれた日常生活を心がけることが大切だと思います。

Y氏のノーベル医学・生理学賞受賞とM氏のインチキ報道

 最近脚光を浴びている再生医療にいったいいくらの研究開発費が国から与えられているのだろうか。M氏は早々とやったそうですが、iPS細胞による器官再生を臨床に応用するのはまだまだ先のことで多くのハードルがあると考えます。

 医学辞典によると、細胞とは遺伝子とエネルギーを生み出すミトコンドリアを含む一つの独立した生命体であり、器官とは細胞同士がまとまった機能をもつ組織、例えば心臓、腎臓などと説明されている。損傷を受けた心臓にiPS細胞で作った心臓細胞を注入するだけで器官の再生が可能なのか、心臓としての機能するのか、言い換えれば、細胞のレベルと器官のレベルは次元が異なると思います。

 昨年胚性幹細胞(ES細胞)を使って脊椎損傷の患者に神経を保護する細胞を投与した臨床試験は効果が全くみられず、当事者の米国ベンチャー会社のジェロンは再生医療から撤退したと報じられました。

 巨額の投資を続けても一向に臨床上の成果がみられない再生医療で、すべての疾患の治療が可能とはとても思えません。

 私は産科医師として長い間妊娠高血圧症候群と早産の研究と臨床に携わってきました。すなわち、日本の将来にかかわる、胎児、新生児などを包括した周産期医療です。これほど重要で医療ニーズが差し迫っている分野にいったいどれだけの研究資金が援助されているのか、再生医療と比較すると歴然としています。いや、むしろ失望の念があります。

 現在、妊娠高血圧症候群と早産に使われている薬剤にも多くの副作用の問題があります。そんななかでも私は、安全で有効な新薬の臨床応用まであと一歩というところまで研究を進めました。さらに開発を進めるためのNPO法人も昨年設立しました。全くと言っていいほど開発資金がないなかで、使命感と気力だけで活動を続けていくのです。読者の皆様が関心を持っていただき、国からも援助が得られることを切望しています。


参考文献:妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)と早産の病因解明および新治療法開発の必要性 水谷栄彦、小林浩 日本医師会雑誌 第139巻・第3号 平成226

参考リンク: http://agora-web.jp/archives/1053679.html
       「本当にできるの?ips細胞で再生医療」
       仙石慎太郎 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)准教授

 


 



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