人気の降圧薬「ディオバン」に関する“黒い噂”が、世間の耳目を集めている。恥すべき事件としか言いようがない。
発端は、今年4月、イギリスの有名な医学雑誌『ランセット』が掲載した京都大病院の循環器内科の医師が投稿した論文だった。高血圧症の患者さんたちにディオバンと別の降圧薬を飲ませた市販後臨床研究が「strange(ストレンジ)=奇妙」という指摘だった。
臨床研究は京都府立医科大病院と東京慈恵会医科大で別々の時期に実施された。どちらの参加者(患者)もともに約3000人。この大規模集団で別の降圧薬を飲んだ患者さんたちの平均血圧値と血圧のばらつき具合が、研究終了段階でピタリと一致していた。
その後、この2つの大学病院以外に3つの大学病院でも類似の市販後臨床研究が実施され、どの研究にもディオバンのメーカー・ノバルティスファーマの社員が、大阪市立大非常勤講師の肩書で参加していた。こういう行為は、臨床研究の信ぴょう性が保たれなくなるため、利益相反行為とみなされ、厳に慎むべきこととされている。
ところが、参加した社員は、データ解析というコアの部分を担当していた。苦労してデータを集めても、解析次第ではどうにでもなることは、データ解析に携わった方には分かっていただけると思う。それほど重要な役回りだ。
「奇妙な一致」と社員がデータ解析していたことから、論文の改ざんやねつ造が指摘されている。5つの大学のうち京都府立医科大にはノバルティスが1億円以上の寄付金を提供していたことも分かった。同大学はノバルティスとの取引を全面停止、同社の損害額は年間約3億円に上るという。
残念なのは、 事件で痛手をこうむったはずの日本高血圧学会の理事長や東京大教授らが、医師向け雑誌の広告記事で別の製薬会社のディオバンと同じARBというタイプの降圧薬を「強力かつ選択的な降圧効果」などと持ち上げていることだ。
ノバルティスも臨床研究のデータがまとまると、“偉い先生”を集めた広告記事を医師向けの雑誌などに掲載し販促活動を進めていた。
そういう販促活動の歪が、ディオバン事件を生んだのである。大学の市販後臨床研究の論文がねつ造され、その論文を製薬会社が販促活動に使った。おまけに大学には製薬会社から寄付金まで渡っている。これは、贈収賄事件あるいは詐欺事件と受け取られても仕方がない。大学、いや、医師はこの事態をもっと深刻に考えないと、国民の決定的な医師不信を招きかねないだろう。