▽2014年11月に開かれた厚労省の薬事・食品衛生審議会の医薬品等安全対策部会で、市販の解熱鎮痛薬では人気ナンバーワンの「ロキソニンS」の販売規制をどう扱うかの話し合いがありました。この話し合いは、一つは妊婦が簡単に処方箋なしで、薬局で買えるこのヒット商品の胎児への副作用を厚労省が心配したからです。
▽市販されている一般的な解熱鎮痛薬は、いずれもプロスタグランジン(PG)という生理活性物質(微量で生体の生理作用を発現させる物質)が増えるのを抑えることで痛みや発熱による炎症を抑えます。痛みや発熱などは、全てプロスタグランジンが増えることによるのです。痛みが和らげられるため、妊婦がつい手を伸ばしたくなる気持ちは分からないではありません。
▽プロスタグランジンを抑えるロキソニンなどの薬剤を、妊婦が服用すると、それらの薬剤は胎盤を通過して胎児に移行した場合,胎児の動脈管が閉じて(収縮して),胎児循環持続症(PFC)と呼ばれる病気になる危険性が指摘されています。
▽なぜなら、PGは胎児の動脈管が開いている(拡張)状態を維持するのに最重要な物質だからです。そこにPGを少なくする作用のあるロキソニンやアスピリンなどの解熱鎮痛薬を服用したらどうなるか、お分かりでしょう。
▽前後しましたが、動脈管を簡単に説明します。動脈管は、胎児が妊婦のお腹の中にいる時、肺動脈から大動脈への抜け道になっている血管です。胎児は酸素を胎盤から(母体)もらうため、肺呼吸をしていません。だから胎児肺への血液の流れは必要ないのです。
▽出生後、赤ちゃんが肺で呼吸を始めると、動脈管は不要になり、生後2〜3週までに完全に閉じてしまいます。動脈管が自然に閉じずに残っている症状を動脈管開存症といい、最も多い先天性心疾患のひとつです。出生例の5〜10%を占めています。
▽胎児の動脈管は、合成されるPGの作用で開いています。このためロキソニンなどPGを抑える薬剤は、胎児の動脈管を閉じて(収縮して)しまいます。胎児の動脈管が閉じと、生まれてきた赤ちゃんの肺動脈の血圧が上がります。
▽すなわち、肺呼吸をしていない胎児の循環動態と同じになります。この状態(新生児肺高血圧)が、以前は胎児循環持続症(Persistent Ffetal Circulation、PFC)と呼ばれていました。 ▽アスピリンもロキソニンと同様にPGを抑えて解熱鎮痛作用をあらわします。米国FDA(日本の厚労省に当たります)は、妊婦のアスピリン使用量が多いと、新生児の死亡、子宮内発育不全、あるいは胎児奇形になると警告。妊娠中のアスピリン投与は、明確に有益性がその危険性を上回る時のみに使用が許されるとしています。 ▽さらにFDAは、分娩前1週間までアスピリンが投与されている妊婦は、明らかに分娩時の出血が増加すると警告しています。また分娩が長引いたり、分娩予定日を過ぎたりしても、陣痛が来ないケースが多いとしています。 ▽一方、アスピリンは、妊娠中毒症(妊娠高血圧症)や不育症、流産などの予防に効果があると考えられており、このような疾患にも使用されています。しかし、アスピリンもPGの作用を抑えることから、ロキソニンと同様、胎児への副作用が心配されることは、ご理解いただけると思います。 ▽英国の医学雑誌『Lancet(ランセット)』は、過去に流産を経験している1078人の女性を対象に、妊娠前に投与開始した低用量アスピリンの妊娠転帰への影響を調べた無作為比試験(EAGeR試験)の評価を掲載しています。それによると、アスピリン服用群とプラセボ服用群の生児出生率は58%と53%(P=0.0984)、流産率は13%と12%(P=0.7812)。低用量アスピリンと妊娠転帰に有意な関連はないことが示唆されたとしています。 ▽言い換えると、アスピリンには流産予防の効果がないことを物語っています。にもかかわらず、アスピリンを妊婦に安易に使用されているのです。 参考文献: Enrique F S,et al.Preconception low-dose aspirin and pregnancy outcomes: results from the EAGeR randomised tria.The Lancet, Early Online Publication, 2 April 2014.