2015年08月

2例目のiPS細胞由来の網膜移植が延期されました。

 

 理化学研究所多細胞システム形成研究センター(神戸市)が、再生医療の2例目の臨床応用になる自家iPS細胞由来の網膜移植を延期した、と『日経バイオテック』が報じていました。参考URL:https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20150321/183328/


去る3月、第14回日本再生医療学会の総会が横浜市で開かれました。総会に合わせて同形成研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトの高橋政代プロジェクトリーダーと先端医療センター病院(神戸市)の栗本康夫統括部長(眼科医)が記者会見し、①取り組んできた自家iPS細胞由来の網膜色素上皮(RPE)シートの臨床研究を中断する②新たに他家iPS細胞由来のRPEシートの臨床研究を始める-などを明らかにしました。


さらに文部科学省の科学技術・学術審議会の研究計画・評価分科会では、iPS細胞の臨床応用に際しては、造腫瘍性試験を重視すべきだと指摘する声が相次いだそうです。

高橋政代氏らの臨床研究は、網膜組織の一部の「網膜色素上皮細胞」を、iPS細胞から作製した新しい細胞に交換するという触れ込みでした。

「網膜色素上皮細胞」は、視力の要になる視細胞に栄養を送る役割を果たしている細胞群です。網膜色素細胞が損傷されて栄養が行き届かなくなって機能を一度失った視細胞が、網膜色素細胞を交換すれば、再び機能するようになるのでしょうか。

目に入った光は、視細胞層によって感受されます。視細胞で光から神経信号に変換され、その信号は網膜にある5種類の神経細胞によって処理され、最終的に網膜の表面(眼球の中心側)に存在する神経節細胞から脳中枢へ情報が伝えられて視力が維持されています。


網膜は、神経を含んだ上皮(感覚網膜)という光を感じる層とその土台の色素上皮〈しきそじょうひ〉という層で出来ています。色素細胞などは、神経ではありませんが、感覚網膜は神経組織です。

網膜はカメラのフィルムに例えられます。ヒトの網膜は、カメラに映る映像を神経の働き(電気刺激)に変え、その映像を脳で理解出来るようにするという大変複雑な作業を一瞬にこなしています。

iPS細胞由来の網膜色素上皮(RPE)シートを移植するだけで、このような複雑な生命活動が可能になるまでに視力が回復しうるのでしょうか。

この視細胞と網膜色素上皮は、国家プロジェクトの「再生医療」の対象となり、マスコミも大々的に取り上げています。

私は、再生医療の素人ですが、網膜組織の一部の「網膜色素上皮細胞」のみを移植したからといって、視力回復出来ると期待するのは、あまりに安易と考えています。

再生医療は、世界の先進国が競い合い、トップクラスの研究者たちが、莫大な研究費を使って取り組んでいます。その分、患者さん、さらに国民も大きな期待を寄せています。

ただ研究には多額の税金が使われています。研究者の皆さんがそのことを忘れているとは言いませんが、再生医療は万能ではなく、臨床応用にも自ずと限界があるはずです。

そろそろ、出来ること、出来ないことを国民や患者さんに率直に明らかにするのも、科学者としての責務ではないでしょうか。

 

私たちが研究中の新しい妊娠高血圧症の治療薬が、心房細動治療薬にも使える可能性が浮上



▽今回のブログのテーマは、私たちが妊娠高血圧症に苦しむ妊婦さんに向けに研究を進めているAPAが、実は心房細動という、脳梗塞を引き起こすことから、最近非常に注目を集めている心臓病の治療にも応用できそうだという話です。少し難しい内容ですが、心臓病に悩まれている方には朗報です。最後までお付き合いください。



▽最近、ヒトのDNA全体を、健常な人と疾患を持つ人で比較する研究が進んでいます。英語では「genome wide association study (ゲノム・ワイド・アソシエーション・スタディ)」と言います。この研究が進んだことによって、疾患の原因遺伝子を特定出来るようになっています。



▽その成果の一つが心房細動に反映されました。心房細動、英語でAtrial Fibrillation(略称AF、アトリアル・フィブリレイション.)と言います。心臓は1分間に60100回のリズムで規則正しく拍動しています。左手首の動脈を右手で軽く抑えてみてください。規則正しく拍動する脈が分かります。これが突然、1分間に100回以上と早くなったり、リズムが乱れたりします。これが不整脈です。動悸や胸の圧迫感があります。



▽不整脈のうち、心房が原因で心拍動のリズムが著しく乱れるものが心房細動です。心房細動では、血流の乱れで、心房の中に血栓(小さな血の塊)を生じます。血栓が、血流に乗って脳に移動して血管を詰まらせると脳梗塞になります。心房細動は、生まれながらの心臓病、心臓弁膜症、高血圧や加齢といったものが原因になりますが、循環系に異常がない人にも起きることが知られています。



▽今までに判明していたのは、次の3点でした。1)心房細動のリスク因子となる遺伝子座(部位)が染色体4q25(第4染色体の長腕25の位置)に存在する。2)その遺伝子は、PITX2と呼ばれる遺伝子をコントロールしている。3)PITX2は、胎児の心臓の発育を制御する因子をコントロールしている。

ただ肝心な心房細動との関係は不明なままになっていました。



▽この謎の解明に繋がる重要な事実が、スペインのAguirre(アギーレ) LA氏らによって最近明らかにされたのです。心房細動に重要な遺伝子座(部位)は、PITX2のみならず、その隣の遺伝子ENPEPもコントロールするということです。(1)



▽心臓は電気刺激で拍動しています。ENPEPは、胎仔の心臓の電気刺激の最重要部位の洞房結節に存在するタンパクを作る遺伝子です。こうしたメカニズムから、PITX2ENPEPの調節異常こそが、心房細動の発症原因と判明しました。今や、PITX2ENPEPの調節異常は、どのような生理機能の変化なのかを明らかにする局面に入っています。



▽ここでENPEP のことを説明します。ENPEPはアミノペプチダーゼA (EC3.4.11.7)を発現する遺伝子です。アミノペプチダーゼAAPA)は、血圧を上げるアンジオテンシンⅡをアンジオテンシンⅢにする酵素です。



▽ 私は、APAが妊娠高血圧症の治療薬として、胎児にも安全な薬剤になることを既に立証しています。(2) 私の研究結果と今回のAguirre LA氏らの発見を併せて考えると、APAは心房細動治療薬としての可能性も示唆されたと言えるでしょう。





(1) Aguirre LA et al. BMC Biology 2015;13:26

(2)Mizutani S et al. Expert Opin Invetig Drugs 2013;22:11



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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