▽分娩監視装置(CTG)は、妊婦なら必ず一度は装着します。胎児の心拍と妊婦の陣痛をモニタリングする装置です。胎児の心拍数と妊婦の子宮の収縮、つまり陣痛をみることで、胎児の健康状態を監視する方法として、日本をはじめ世界中で普及している検査法です。



▽実は、この装置(CTG)が普及し始めた頃から、私は有効性を疑っていました。ハッキリ言うと、胎児心拍陣痛モニタリング(NST)では、胎盤機能低下などによる胎児発育不全(FGR)や胎児well-being の予知は不可能と考えていました。



▽今年8月、米国の臨床誌『ニューイングランドジャーナルオブメディシン』が、胎児心電図の変化を同時に測定する装置「スタンS31」による胎児のモニター法は、従来のCTGの欠点を何ら補完しないとする論文を掲載しました。スタンS31(ネオべンタメディカル社)は、胎児ST波心電図(ECG)の変化も同時に測定するCTGです。(1)



▽この論文を読み、米国ではCTGの産科医療における問題点が指摘されていることを知り、驚きました。その論文の冒頭を少し紹介します。

「過去、数十年のCTGの普及は、確実に帝王切開術の増加をもたらしたが、CTGによって胎児が酸素不足のため起こる新生児脳障害を減らしたとする証拠はない」。



▽CTGでは胎盤機能低下などによる胎児発育不全(FGR)や胎児well-being の予知は不可能と米国でも1979年頃から既に指摘されていました。(2),(3)。当時、私は浜松医科大に在籍中(1977-80年)でした。



Banta Dは、1979年の論文で「CTGは、通常検査としては有用性が不十分。CTGの使用で帝王切開術が増加している」と指摘しています。Grimes Dは、1.正常妊婦のスクリーニング検査としては価値がない。2.CTGは1960年代のトラウベ(聴診器)で一定時間ごとに胎児心拍をチェックする方法と比べ、明らかに帝王切開を増やしたものの、新生児の長期予後(低酸素状態による胎児脳症)には何ら寄与していないと述べています。





▽胎児心電図のST波は、胎児に酸血症があると上昇する(ST上昇)と考えられ、スタンS31が開発されたと思われます。この機器を使った臨床研究は、おそらく1979年以来指摘されているCTG検査の問題点を補完する期待から実施されたのでしょう。



▽私は、胎児の酸血症と成人の心筋虚血を比較検討すべきだ、と思っていました。成人のST上昇は、貫壁性の心筋虚血、心臓を取り巻く冠動脈の血管腔が、血栓などで詰まった状態を反映することがよく知られています。つまり成人のST上昇は、心筋梗塞や心膜炎の発作で冠動脈の虚血を起こしたときに認められる異常です。これに対し胎児心臓の酸血症は、子宮胎盤血流の低下、即ち、胎盤機能低下や子宮収縮で起きる現象です。



▽成人と胎児でのST上昇の変化の機序は全く異なるのです。成人のST上昇は、心臓の血流障害の結果、胎児のST上昇は子宮胎盤の血流低下の結果なのです。



▽私は、過去のブログ(Dr. 水谷のお産講座、No20http://p-lap.doorblog.jp/archives/39362000.html,21http://p-lap.doorblog.jp/archives/39386564.htm,22http://p-lap.doorblog.jp/archives/39391547.html、26http://p-lap.doorblog.jp/archives/40103558.htmlで次の様な趣旨の事を書きました。



「2011年版産婦人科診療ガイドラインの胎盤機能低下などによる胎児well-being の評価法は、生化学的な検査法に全く言及していません。極めて不自然と思われませんか。現行の評価法は、胎児がストレス状態にすでに落ち込んだ状態での胎児状態を検査しているのです。これでは胎児・胎盤機能の悪化の予知はほとんど不可能でしょう」。

▽CTGの問題点が米国で再燃している今、日本産婦人科学会は「2011年版産婦人科診療ガイドライン」の扱いをどうするのでしょうか?暫く静観したいと思っています。



1.  Belfort MA et al. N Engl J Med 2015;373:632-41

2.  Banta D, Thacker SB Obset Gynecol Surv 2001;56:707-19

3.  Grimes DA, Peipert JF Obset Gynecol 2010;116:1397-1400