▽「ピル」といえば、日本では良いイメージを持つ人はそういません。副作用の代名詞と扱われる風潮さえあります。果たしてそうでしようか。女性の体内で作られる女性ホルモンが極微量含まれ、排卵を抑える経口避妊薬がピルです。避妊以外にも女性にたくさんのメリットがあります。皆さんにピルを正しく理解していただくため、このブログを書きます。最後までお付き合いください。
▽さて、ピルは最近開発されたような印象が強いようですが、かなり以前に開発されています。特に欧州では成人女性の50%以上が服用しているというデータがあります。国連の2011年の報告では、世界で1億400万人の女性がピルを使っています。
▽ピルの歴史を振り返ってみます。米FDA(日本の厚労省に相当)は1960年、黄体ホルモンと卵胞ホルモン150μg(ナノグラム、1μgは1㎎の1000分の1)のホルモン配合剤「エナビット」を、経口避妊薬として初めて承認しました。その後、「ノアルテンD」、「アノブラール」などが相次ぎ承認され、販売されました。
▽私は1966年から4年間、名古屋大産婦人科の大学院生でした。当時、成田収先生(現名古屋成田病院理事長)や故飯田講師が「アノブラール」を中心にしたステロイドホルモンの研究をしておられました。私は、産婦人科の開業医だった父に、人工妊娠中絶術後の女性に「アノブラール」の使用を勧めました。父は三重県桑名市の開業医でしたが、日本でも早くから「アノブラール」を使った産婦人科医の一人だったと思います。
▽「アノブラール」などのピルには、エストロゲンが50μg以上含まれています。1961年のピルによる血栓症の報告を皮切りに、ピルと血栓症の副作用の報告は広く知られていました。エストロゲンが、いくつかの血液凝固因子を増加させるためです。血液の凝固は用量依存的でエストロゲンが50μg以上のピルを服用した場合、稀にみられることが明らかになってきました。
▽一方、エストロゲン50μg以下の低用量ピルは、1990年7月の申請以来、9年間の長期審査を経て1999年に容認されました。世界に遅れること約半世紀。ビルはやっと、日本でも使用可能となったのです。
これに対し異例の短期審査で承認された薬剤は、切迫早産や妊娠高血圧症候群の妊婦さんに広く使われている“張り止め薬”のウテメリンです。胎児や妊婦の心臓などに副作用が及ぶ危険性の高い薬であるにもかかわらず、わずか1年間の審査で解禁されました。
▽話を戻して、エストロゲン量別にピルの静脈血栓症の発症率を書きます。これは、1万人の女性が1年間に何人発症するかの数値です。非服用者は1.1人から2.8人、平均1.2人と考えられています。1978年から1991年の報告によると、中高用量ピル(エストロゲン50μg以上)では7.5人から10.4人、平均8.3人です。低用量ピル(エストロゲン50μg以下)では3.0人から4.2人、平均3.7人となっています。
▽この数値を比較すると、血栓症はピルにとってある程度不可避の副作用であり、血栓症はエストロゲンの用量に依存していることが分かります。しかしながら、妊娠による血栓症リスクは、5.9人から20人という報告があります。ピルで起こる血栓症は,妊娠による血栓症のリスクよりはるかに低いレベルの頻度なのです。
▽そうした事実があるにも関わらず、女性の体全体の健康管理から逸脱して、ピルによる血栓症発現の危険性のみが論争になっています。新しい低用量ピル(エストロゲン50μg以下)が使用されるようになっても、副作用論争がしばしば繰り返されます。
▽なぜでしょうか。ピルは健康な女性が飲みます。このため何か異常を感じると、ピルが原因と考えて副作用に敏感に反応する傾向があります。中でもマスコミは、ネガティブな情報を取り上げやすく、その影響を受けていると考えられます。
▽英国医師会雑誌『BJМ』が掲載した今回の論文は 、フランスの全国健康保険組織公衆衛生研究部門のAlain Weill氏らが、フランス人女性500万例を対象としたコホート研究の結果です。経口避妊薬の使用が認められた544万3916人/年において、血栓によると考えられる重篤な合併症である肺塞栓症が1800例(人口10万人年当たり33例)、虚血性脳卒中1046例(人口10万人当たり19例)、心筋梗塞407例(人口10万人当たり7例)でした。
エストロゲンの用量が低量(20μg)のピルは、高用量(30-40μg)のピルと比べ、肺塞栓症や虚血性脳卒中、心筋梗塞のリスクが低減することが示されました。
▽こうした結果を踏まえ、論文の著者は「エストロゲン20μgの用量で黄体ホルモンとしてレボノルゲストレルを組み合わせたピルが、全体として肺塞栓症や動脈血栓塞栓症の低リスクと関連していた」と結論付けています。
レボノルゲストレルは、日本でも広く使用されている低用量ピルに含まれている黄体ホルモンです。
▽血栓症は、脹脛(下肢の裏側)や腋窩(脇の下)の血栓症として発症することが圧倒的に多いとされています。深部静脈血栓症は大半が自然消失するため、発症率の計算は困難といわれています。ピル服用以外に、肥満や妊娠、外傷、悪性疾患との関係が指摘され、血栓症患者のいる家族歴はハイリスク因子とされています。
血栓症が発症しても、大部分は治療により治ります。深刻な肺塞栓症に進行するのは稀です。しかも深部静脈血栓症は若い女性では極めて稀といわれています。
▽現在、使われている「低用量ピル」は、エストロゲンはすべてがエチニルエストラジオールで20-40μgの用量です。黄体ホルモン剤は、ノルエチステロン、レボノルゲストレル、デソゲストレル、ゲストデンなどがあります。使用する際の参考にされてください。
文献:Weill A et al. BMJ,2016;353:i2002