2016年10月

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.81 東京工業大栄誉教授 大隅良典先生のノーベル生理学・医学賞の受賞を心からお祝いいたします。

 

▽40年ほど前、開校直後の浜松医科大の講堂で開催された講演会で「ライソゾーム(リソソーム)顆粒の発見」で1974年のノーベル生理学・医学賞を受賞したベルギーの故クリスチャン・ド・デューブ先生(細胞生物学者)の講演を拝聴する機会がありました。当時、静岡済生会総合病院に勤務していました。講演に向かった車の助手席には、病院と隣り合わせの静岡薬科大(現静岡県立大薬学部)の故矢内原昇先生が乗られていました。矢内原先生はペプチド研究の一人者でした。私はオキシトシンやバゾプレシンを分解する妊婦血中の酵素(P-LAP)がヒト胎盤のライソゾーム顆粒に存在

する事を1974年に報告していました。ですから是非この講演を聞きたく思いました。

 

▽リソソームは、オルガネラ(細胞内小器官)の一つで水解小体(すいかいしょうたい)とも呼ばれます。語源は、ギリシア語の「lysis(分解)」と「some(〜体)」に由来します。言葉から推測できるように、細胞内消化の場です。リソソームと並ぶ、細胞内のもう一つの顆粒「オートファゴソーム」の研究に長年取り組まれていたのが大隅先生です。

 

▽大隅先生のノーベル賞受賞で有名になった「オートファジー(細胞の自食現象)」は、生物の細胞が恒常性を維持するのに重要な役割を担っています。この現象を少し説明します。

 

▽まず、細胞内で膜(隔離膜)が形成されます。この膜が、「オルガネラ(細胞内小器官)」の一部を包み込みながら、成長していきます。最後に隔離膜が閉じて二重膜に囲まれた「オートファゴソーム」が形づくられ,そこに細胞内の「リソソーム」が融合して「オートファゴソーム」となります。そして「オートファゴソーム」に包み込まれた内容物は、「リソゾーム」に含まれていた分解酵素で分解されます。

 

▽大隅先生の研究は、ライソゾーム顆粒の働きを補完する研究でもあったのです。細胞には巧妙で大規模な分解システムが備わっています。その一つが、大隅先生の「オートファジー」の研究なのです。

 

▽名古屋大在職中の1996年、昭和薬科大教授だった故青柳高明先生らとともに「日本病態プロテアーゼ学会」を設立しました。プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)とインヒビター(酵素の特定部位に働いて反応速度を遅くさせる物質の総称)の両面から病態と治療にアプローチするのが目的です。プロテアーゼの研究こそが人類の疾患の診断と治療に貢献すると信じて設立に奔走しました。学会は現在、奈良県立医科大教授の小林浩先生が理事長です。

 

▽少し時計の針を戻します。学会の2005年の学術集会で順天堂大教授の木南(こみなみ)英紀先生に「オートファジーの現状と展望」の教育講演を、2014年には大隅先生に「酵母のオートファジー研究から見えて来た今後の課題」を演題に特別講演していただきました。

▽学会は、臨床医にとどまらず基礎医学者や企業の生物学関連の研究者の垣根を取り払って親睦を深めてきました。その中で酵母研究者だった大隅先生にご講演いただく機会に恵まれました。会員数はそう多くありませんが、皆さんが大隅先生の快挙に喝采しております。本当におめでとうございました。

Dr.水谷の女性と妊婦講座No. 80「バカ高い抗がん剤「オプジーボ」。思い起こされる“クレスチン騒ぎ”」

 

▽「オプジーボ」という抗がん剤が大きな話題になっています。治療効果については、暫く様子を見ないと断言できませんが、確実に問題と言えるのはその価格です。

▽日本の医療用医薬品の値段(価格)は、厚労省が中央社会保険医療協議会(中医協、厚労大臣の諮問機関)に諮り、答申に基づき決定します。開発した製薬会社が自由に販売価格を決める米国と異なり、国が決める公定価格制度です。

 

▽さて、「オプジーボ」は小野薬品工業が発売した点滴静脈注射剤ですが、公定価格は1瓶(100mg入り)約73万円。国内では悪性黒色腫(メラノーマ)と呼ばれる皮膚がんと非小細胞肺癌肺がんの治療に使った場合、患者の自己負担は3割、残り7割は保険料や税金で支払われます。100mg入りを1瓶使うと、約51万円が保険料と税金の負担です。「オプジーボ」の用量・用法は、3㎎/kg(体重)を2週間間隔で静脈から点滴注射します。体重60kgの患者なら1か月間に270万円かかります。

 

全国保険医団体連合会が8月、米国と英国のオプジーボの薬価を調べたところ、日本では100ミリグラム当たり約73万円なのに対し、米国では同約30万円、英国では約14万円である事が明らかになりました。

ただでさえ医療費を抑えたい財務省が黙認するはずがありません。オプジーボの薬価は今年4月に決まったばかりなのに、厚労省に引き下げを求めました。厚労省は中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働大臣の諮問機関)の薬価専門部会に引き下げを諮問、中医協は11月の暫定引き下げを決定するとともに、薬価専門部会で2018年度の次回薬価改定で抜本的に見直すことを確認しました。

 

▽では、どうしてこんなべらぼうな薬価がまかり通ったのでしょう。一つは、オプジーボは日本では2014年7月に製造販売が承認されましたが、当時、世界中のどこの国でも承認されていませんでした。このため参考にする価格がありませんでした。次に、最初に保険適用されたがん種はメラノーマだけで、国内の患者数は年間4000人ほどです。肺がんへの保険適用は15年12月に追加されました。

▽その一方で小野薬品工業は、「オプジーボ」の開発に15年費やしています。新薬開発に多額の資金が必要なのは、皆さんもご存じの通りです。製薬会社は開発費用を回収しなければ経営が危うくなります。患者数が少ない薬の開発費用を早期回収するには、薬価を高く設定するのが最も手っ取り早い方法です。

 

▽この超高額の「オプジーボ」を巡る一連の話は、1970年代後半に発売された「クレスチン」という抗悪性腫瘍剤の話と似ています。以前、この講座Nо.36『効果のない薬がヒットしたわけ』でも一度紹介しました。

▽クレスチンは、担子菌類の一種「サルノコシカケ」の抽出物です。肺がん、乳がん、消化器がん対する抗抗悪性腫瘍作用が認められ、一方でキノコなので安全性が高いとして、厚生省(当時)は非特異的免疫賦活作用を有する抗悪性腫瘍剤として製造販売を承認。三共製薬(現第一三共)が経口の抗がん剤として発売しました。

 

▽その後、この薬は、社会から轟々たる非難を浴びました。最大の理由は、三共製薬の売上高が異常に大きかったからです。厚生省が定めた公定価格ベース(薬価ベース)で年間1000億円には届かなかったものの、900億円に迫っていました。私たちの多額の税金が使われていたのです。

 

▽私は名古屋大在職中、ミレニアムシンポジウムと称して名古屋市で国際会議を開催(2000年)しました。その際私の研究の根幹であるアミノペプチダーゼを研究する世界の主だった著名な研究者を相当数招待しました。その中には、アメリカ免疫学会のリーダーの一人であるMD Cooper もいました。彼はB-リンパ球の分化因子(リンパ球が骨髄の細胞から生まれてリンパ球として一人前の血球となるのを刺激するタンパク)の一つを世界に先駆けてクローニング(遺伝子配列を決定)したのです。ところがその蛋白は、私が1981年にヒト胎盤から発見した酵素(アミノペプチダーゼ)と同じものでした。彼は、このノックアウトマウス(その蛋白の発現を無くしたマウス)に免疫異常が起こることを大いに期待したようですが、残念ながら免疫現象に異常は認められませんでした。

▽私は彼にこのマウスを供与してくれるよう頼みました。帰国後彼の研究室で居眠りしていたマウスは、名古屋へ送られてきました。

私は、このノックアウトマウスを使って高血圧症の本質を明らかにすることが出来ました。

▽ノーベル賞受賞者の利根川先生をはじめ日本の免疫学領域の先生方の研究は多彩で立派です。あえて言わせていただきますと、癌に特別な(正常と異なる)免疫現象は無いのです。ですからオブジ―ボには少なからず正常細胞(健常人)を何らかの形で障害を及ぼす事が考えられます。言い換えれば、副作用があり得るのです。

もちろん、「オプジーボ」が期待外れになると言う気持ちは毛頭ありません。しかし、「あらゆるがん種に効果がある」、「副作用がない」といった首をかしげざるを得ないような絶賛の声が紹介されるたびに、“クレスチン騒ぎ”が蘇るのです。

Dr.水谷の女性と妊婦講座No.79「医療的ケア児」を考える

 

▽「カニューレ(ドイツ語で管の意味)」という医療器具があります。気管を切開したところに入れるパイプ状の管(チューブ)は気管カニューレといいます。空気の送排をはじめ、体液の排出や薬の注入などに使われ、文字通り“命の管”になります。

 

▽毎日新聞の10月3日付朝刊によると、横浜市の幼稚園に通う前田結大(ゆうだい)くん(5つ)は、生後間もなく、鼻と口から呼吸できず、声帯麻痺で気道が狭まる「気道狭さく」と診断されました。直ちに気管を切開。今も喉に着けたカニューレから淡を吸引しています。

 

 

▽来春、結大君は幼稚園から小学校に進みます。現在、幼稚園には「カニューレ」を挿入したまま、つまり「医療的ケア」を受けながら通園しています。文科省の調べでは、結大君の様に淡の吸引や管で体に栄養を送る経管栄養などが必要な「医療的ケア児」は増えています。公立の特別支援学校では2006年度5901人だった「医療的ケア児」が、15年度は8143人に増えました。背景には新生児医療の発達があります。

 

▽結大君は、親の付き添いなしで小学校の普通学級に入学したいと横浜市教委に訴えています。ご両親や通園先の幼稚園は6月、結大君の学校生活に必要な医療的ケアを含む配慮を保障し、親の付き添いなしに普通学級で学べるように求める要望書を提出しました。

 

▽普通学級に通学を望む「医療的ケア児」は、結大君だけではないため、横浜市・市教委は市立学校に医療的なケアを施せる看護師を配置する検討を始めています。ところが、看護師を配置するにはお金が必要です。また、自治体がそういう制度を一端作ると、文科省が補助を止めても、制度を打ち切るのは容易ではありません。

 

 

▽1976(昭和51)年1月、鹿児島市立病院で5卵生の赤ちゃんが誕生しました。五つ子は5月、東京の日大板橋病院にヘリコプターで運ばれて転院、9月に全員無事退院しました。お父さんがNHK政治部の記者だったこともあり、全国で大きな話題になりました。日本の新生児医療の黎明期でした。

 

▽その後も新生児医療は発達し、日本は赤ちゃんが死なない国になりました。半面、それまでになかった問題が頻発しています。国も障碍者特別支援法を制定するなど課題解決に力を入れていますが、障がい児が地域で暮らし続けるのは難しいのが実情です。

 

▽私は産婦人科医として周産期医療に長年携わっています。新生児医療の発達とともに、産婦人科医も妊娠時の病気、例えば妊娠高血圧症や早産にもっと真剣に取り組む必要がある、と思っています。新生児医療のお蔭で妊娠期間=胎児がお母さんの子宮で育つ期間、が短くても、"人工子宮"(人工保育器)に移すと生存出来ます。

 

 

▽誤解を恐れずに言うなら、それが可能になったことで産婦人科医は自らの危険を回避して早く娩出(分娩)させて、"責任逃れ"するようになっている、と私の目には映ります。胎児にとって最も快適な“ゆりかご”は、お母さんの子宮であることは論を待ちません。その中で少しでも生存期間を延長する努力をしていないのではないでしょうか。以前、お母さんと赤ちゃんに関連する主な診療科は、産科、婦人科、小児科でした。それが最近は新生児科という新たな診療科を目にするケースが増えました。

 

▽文科省は、公立特別支援学校に限っていた看護師の配置補助事業の対象に公立小中学校を追加し、2016年度予算に7億円盛り込みました。結大君の様に公立小中学校の普通学級に就学を希望する子供たちのための予算です。

しかしながら、この金額を医療機関が経営する「老人保健施設」に対する補助金と比較してください。これにとどまらず、国の老人医療費に投入する税金は巨額です。「老人医療はどうでもいい」と言うつもりは毛頭ありません。私も70歳台の老人です。ただ文科省の7億円とのバランスを考えるとどうでしょうか。

Dr水谷の女性と妊婦講座No.78 「果たして必要だったのか。アンジェリーナ・ジョリーさんの予防的乳腺摘除。癌予防メリットの半面、更年期症状などの悩みも」

 

▽米ハリウッド俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、乳がんリスクを高める遺伝子変異が認められ、予防的に両方の乳房を切除して世界を驚かせたお話を、以前のブログで紹介しました。乳がんリスクを高める遺伝子変異(BRCA遺伝子変異)が見つかると、卵巣がんになる確率も高くなります。

 

▽このためBRCA遺伝子変異のリスクを予防する手術、すなわち、両方の乳房や卵巣を摘除する手術が推奨されています。実際、このような遺伝子変異を理由に、若くして卵巣を摘出する人もいます。癌予防のメリットはあるにしても、若い女性が両側の卵巣を摘除すれば、当然、若くして閉経します。

 

▽さらに両側卵巣を40代女性が摘除すると、心血管疾患,認知症、骨粗鬆症症になる確率が高くなるのは明らかです。(1)-(3)

 

▽遺伝子変異を理由に若くして卵巣を摘除する功罪を考えると、果たしてそのような手術が必要なのでしょうか? 。むしろ若い女性のQOL(生活の質)を下げているのではないでしょうか?

 

▽卵巣を摘除した若い女性は、更年期症状で苦しみます。そのため、卵巣摘除手術後のホルモン補充療法(HRT)の是非が、大きな問題となっています。

 

▽米マサチューセッツ総合病院のマイケルJ.ビレー博士らは、過去の文献検索から、この問題に示唆を与える論文を今年発表しました。(4)

 

▽HRT、脳卒中、骨量,心血管疾患、BRCA遺伝子変異のキーワードで、2005-15年の論文を検索しました。32本の論文がヒットしましたが、4本が目的に合致した論文でした。2本はBRCA遺伝子変異の理由で両側の卵巣摘除し、その後の更年期症状を検討しています。別の2
本は乳がん発症の検討です。更年期症状を検討した2本では、HRTはホットフラシュなどの更年期症状を明らかに軽減させています。

 

▽さて、乳がんの問題はどうでしょう? BRCA遺伝子変異462例で両側卵巣摘除者を調べた論文で、114例(93例が卵巣摘除、21例が非卵巣摘除)に対しHRTが実施されました。その結果、HRTは乳がんの発症には無関係でBRCA遺伝子変異者の乳がん発症リスクではないと述べています。(5)

 

▽この問題を検討した他の1本でも、ほぼ同様な結果でした。閉経後BRCA遺伝子変異472例に対し、28例に卵胞ホルモンのみ、19例に卵胞ホルモンと黄体ホルモンを投与しました。その結果、卵胞ホルモンのみでは逆に乳がんは減少傾向となり、卵胞ホルモンと黄体ホルモンでは乳がんの発症とは無関係でした。(6) 

 

▽米ジョンズホプキンス大産婦人科のデボラK.アームストロング教授によると、BRCA遺伝子変異で両側卵巣摘除と予防的乳腺摘除を施した人に、HRTを50才まで施すと平均余命が延長することが明らかにされています。(7)

 

▽しかし症例数が少なく、結論的なことは言えません。ただBRCA遺伝子変異で両側卵巣摘除を実施した若い女性にHRTは禁忌とは言えないように思われます。こうした事実から、アンジェリーナ・ジョリーさんは予防的乳腺摘除が必要だったのか。私にははなはだ疑問に思えます。

 

参考文献

(1)     Parker WH et al. Obstet Gynecol 2009;113:1027-37

(2)     Jacoby VL et al. Arch Intern Med 2011;171:760-68

(3)     Rocca WA et al. Lancet Oncol 2006;7:821-28

(4)     Birrer N et al. Am J Clin Oncol 2016

DOI:10.1097/COC.0000000000000269

(5)     Rebbeck TR et al. J Clin Oncol 2005;23:7804-10

(6)     Eisen A et al.J Natl Cancer Inst 2008;100:1361-67

(7)     Armstrong K et al. J Clin Oncol 2004;22:1045-54

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