▽40年ほど前、開校直後の浜松医科大の講堂で開催された講演会で「ライソゾーム(リソソーム)顆粒の発見」で1974年のノーベル生理学・医学賞を受賞したベルギーの故クリスチャン・ド・デューブ先生(細胞生物学者)の講演を拝聴する機会がありました。当時、静岡済生会総合病院に勤務していました。講演に向かった車の助手席には、病院と隣り合わせの静岡薬科大(現静岡県立大薬学部)の故矢内原昇先生が乗られていました。矢内原先生はペプチド研究の一人者でした。私はオキシトシンやバゾプレシンを分解する妊婦血中の酵素(P-LAP)がヒト胎盤のライソゾーム顆粒に存在
する事を1974年に報告していました。ですから是非この講演を聞きたく思いました。
▽リソソームは、オルガネラ(細胞内小器官)の一つで水解小体(すいかいしょうたい)とも呼ばれます。語源は、ギリシア語の「lysis(分解)」と「some(〜体)」に由来します。言葉から推測できるように、細胞内消化の場です。リソソームと並ぶ、細胞内のもう一つの顆粒「オートファゴソーム」の研究に長年取り組まれていたのが大隅先生です。
▽大隅先生のノーベル賞受賞で有名になった「オートファジー(細胞の自食現象)」は、生物の細胞が恒常性を維持するのに重要な役割を担っています。この現象を少し説明します。
▽まず、細胞内で膜(隔離膜)が形成されます。この膜が、「オルガネラ(細胞内小器官)」の一部を包み込みながら、成長していきます。最後に隔離膜が閉じて二重膜に囲まれた「オートファゴソーム」が形づくられ,そこに細胞内の「リソソーム」が融合して「オートファゴソーム」となります。そして「オートファゴソーム」に包み込まれた内容物は、「リソゾーム」に含まれていた分解酵素で分解されます。
▽大隅先生の研究は、ライソゾーム顆粒の働きを補完する研究でもあったのです。細胞には巧妙で大規模な分解システムが備わっています。その一つが、大隅先生の「オートファジー」の研究なのです。
▽名古屋大在職中の1996年、昭和薬科大教授だった故青柳高明先生らとともに「日本病態プロテアーゼ学会」を設立しました。プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)とインヒビター(酵素の特定部位に働いて反応速度を遅くさせる物質の総称)の両面から病態と治療にアプローチするのが目的です。プロテアーゼの研究こそが人類の疾患の診断と治療に貢献すると信じて設立に奔走しました。学会は現在、奈良県立医科大教授の小林浩先生が理事長です。
▽少し時計の針を戻します。学会の2005年の学術集会で順天堂大教授の木南(こみなみ)英紀先生に「オートファジーの現状と展望」の教育講演を、2014年には大隅先生に「酵母のオートファジー研究から見えて来た今後の課題」を演題に特別講演していただきました。
▽学会は、臨床医にとどまらず基礎医学者や企業の生物学関連の研究者の垣根を取り払って親睦を深めてきました。その中で酵母研究者だった大隅先生にご講演いただく機会に恵まれました。会員数はそう多くありませんが、皆さんが大隅先生の快挙に喝采しております。本当におめでとうございました。