2016年11月

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.83. 「吸引分娩は果たして安全な産科手術なのだろうか?」

▽このブログでも何度か書きましたが、父は産婦人科の開業医でした。その環境で育ったため、名古屋大医学部の高学年の頃は、父の助手として分娩や産科手術を間近に見てきました。この期間を含めると、産婦人科歴は50年を超えます。この間、いろんな出産に立ち会い、難産も少なくありませんでした。その一つは、赤ちゃん(新生児)の体重です。大きいと分娩時の障害は多くなります。

 

▽さて、北欧の産婦人科医向けに発行されている『Acta Obstria et Gynecologica Scandinavia』の7月号が、スウェーデンの分娩記録を基に体重が大きい赤ちゃんを吸引分娩で取り出すとリスクが大きいという論文を掲載していました。少し専門的ですが、興味のある方は、ご一読してください。

 

▽論文は、スウェーデンの1999-2012年の分娩記録のうち103万775例の分娩を検討しています。陣痛が始まる前の計画帝王切開10万1198例と鉗子分娩4419例は除いています。調査の対象は、体重が3000g以上の赤ちゃん。体重、分娩方法、赤ちゃんの合併症の関係を調べています。このうち体重は、3000-3999g、4000-4499g、4500-4999g、500000g以上に分けて検討しています。

 

▽分娩の方法は経腟分娩、緊急帝王切開、吸引分娩、吸引分娩後の帝王切開の4つ。赤ちゃんの分娩時の障害は、1、分娩5分後のアプガー・スコア(出産直後の赤ちゃんの健康状態を指数。7点以上が正常、それ以下は仮死状態とします)、2、赤ちゃんの痙攣、3、脳内出血 4、肩甲の麻痺-の4項目で評価しています。

 

▽結果を紹介する前にオッズ比という用語を少し説明します。ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して表す統計学的な“物差し”のことです。オッズ比が1なら、事象の起こりやすさが両群で同じです。1より大きいと事象が第1群でより起こりやすく、1より小さいならその逆です。

 

▽本題に戻ります。論文は、赤ちゃんの体重を3000-3999gとそれ以上の体重で比較しています。赤ちゃんの分娩時の4つの障害は、分娩5分後のアプガー・スコア7以下(仮死状態)は、全体の0.7%、7430例。仮死の頻度は、4000g以上では痙攣と同じでした。

 

▽次に赤ちゃんの痙攣は、体重3000-3999gでオッズ比2.6、4500g以上で6.3。脳内出血は、それぞれ2.6と6.7、肩甲の麻痺は、それぞれ4.0と88.4でした。

 

▽論文は、これらのデータを用いて、吸引分娩は赤ちゃん分娩時の重大な障害のリスク因子、特に赤ちゃんの体重が大きい時、リスクが増すとしています。この吸引分娩とは、赤ちゃんの頭部に吸引カップを吸着させて引っ張り出し、赤ちゃんを取り出す方法です。

 

▽赤ちゃんの分娩時の障害は、体重が大きいと通常の経腟分娩でも増します。ただ、その発生頻度は吸引分娩では顕著でした。

 

▽今回の調査からは、赤ちゃんの体重が大きいと、吸引分娩は赤ちゃんの合併症を増やすことも示唆されています。脳内出血は、全分娩の0.03%、335例と発生頻度が最も少ない合併症でした。しかし吸引分娩後に帝王切開をすると、脳内出血の発生頻度は、経腟分娩と比べて6-7倍、緊急帝王切開と比較しても3-6倍も発生頻度が高くなっていました。

 

▽スウェーデンでは、吸引分娩は計画帝王切開と鉗子分娩を合わせた全分娩の10%で用いられ、一般的な分娩時の産科手技のようです。手技が簡単なことから、日本でも鉗子分娩よりも使われている頻度が高いようです。鉗子分娩は、次の機会に述べますが、大きな鉗子2つで赤ちゃんの頭蓋骨を挟み牽引するので一般的には母児へのリスクが高いと思われているようです。しかしながら、私は赤ちゃんへのリスクは、鉗子分娩が吸引分娩よりも少ないと以前から考えていました。次にその理由を述べます。

 

▽赤ちゃんの頭蓋骨は、複数の骨でつくられていますが、骨と骨を結ぶ部分は閉鎖されていません。分娩時は、妊婦の産道と陣痛の圧力に適応し、骨と骨がずれて骨の端部同士が重なり合って頭の幅を可能な限り縮小させます。これで赤ちゃんは、狭い産道を通り抜けられるのです。一方、吸引分娩は、吸引カップ内に圧力をかけて赤ちゃんの頭をカップでがっちり固定させ、赤ちゃんを産道から引っ張り出します。頭に圧力がかかるため、頭に大きなふくらみができて、形が変わったり、血が溜まって血腫になったりする場合もしばしばあります。

 

▽赤ちゃんの脳細胞は、骨と骨の間の開放されている部分に、強く引っ張る力が加わるため、頭蓋内で出血することも十分考えられるでしょう。例え話としては適切でないかも知れませんが、吸引分娩はカニの甲羅のミソを連想させます。赤ちゃんの脳も、カニの甲羅の中のミソと同様、とろけるように柔らかいはずです。圧力には、かなり弱いと思われます。

 

▽鉗子があいにく手元にない時以外、私はほとんどすべて鉗子分娩で難産に対処してきました。『Acta Obstria et Gynecologica Scandinavia』は、なぜか、鉗子分娩の良し悪しについて評価していません。吸引分娩のリスクの大きさを指摘すれば、それで足りると判断したのでしょうか。

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.82. 「認知症の予防は、社交的で精神的に刺激の多い職業に就いて素早く思考する」

 

▽脳に負荷のかかる職業、特に人に関わる職業は、認知症予防に役立つ可能性があることが、米ウィスコンシン大アルツハイマー病研究センターのElizabeth Boots(エリザベス・ブーツ)博士らの研究で明らかになりました。知的機能に負荷のかかる職業の人は、アルツハイマー病に関連するとされる脳病変に対する耐性が高いそうです。ブーツ博士は「人間はデータや物よりも複雑。そのため、データ作業や機械を使う職業に比べ、人間との交流の方がはるかに知能を必要とする」と話しています。
 ▽研究の対象は健常者284人。平均年齢60歳でした。まず、脳のMRI検査を実施しました。MRIは磁石と電波を使って体内の状態を映し出します。軽い脳卒中を起こすと生じる、ごく小さな病変を示す脳内の明るい斑点(高信号病変=画像で白く見えている部分)を探しました。この病変はアルツハイマー病に関連する身体症状(脳の病変)では3番目に多くみられるそうです。次に対象者の記憶力と問題解決能力を検査しました。最後に職歴を調べました。

▽その結果、脳の病変が多い人では、人との交流が多い職業に就いていた人の方が、思考や推論をする能力を維持できていることが分りました。アルツハイマー病に関連する身体症状として3番目に多くみられるのが脳の病変(脳卒中で起こる、ごく小さな病変)ということは、認知症(アルツハイマー病)が高血圧症と関連する疾患であることが示唆されます。脳の病変がある人、すなわち高血圧症で軽い脳卒中を過去に起こした人でも、脳に負荷のかかる職業、特に人に関わる職業に就いて頭を使えば、脳の損傷の蓄積にも耐えられるようになるようです。

▽研究結果は、カナダ・トロントで7月に開催された第31回アルツハイマー病協会国際会議(AAIC)で発表されました。いずれにしろ、社交的で精神的に刺激の多い職業に就いて、素早く思考するなどで脳が鍛えられて認知症を予防出来る可能性があるようです。

▽記事は、米国の高級紙とされる『ワシントン・ポスト』にも掲載されました。この国際会議は、認知症に関する認識を高めるとともに、症状の研究や治療ケアについて最新の優れた実践を学び合う場とされています。世界各地で年1回開かれ、来年は4月26日から4日間、京都市の国立京都国際会館で開催されます。



 

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