2017年01月

Dr.水谷の女性と妊婦講座Nо.94「ウテメリンやマグセントを使わなくても、切迫早産や妊娠高血圧症は治療できます」

 

 

▽このところ、切迫早産の治療に「ウテメリン」や「マグセント」を使われ、苦しんだ妊婦さんたちの実例を紹介してきました。これほど妊婦さんに負担を強いる、副作用がひどい薬物治療が許されるのでしょうか。妊婦さんは風邪薬でもお腹の赤ちゃんへの副作用を心配して飲むのをためらわれます。

▽それなのに、これほど強い副作用のある薬剤を産婦人科医が処方するのは、国が「ウテメリン」や「マグセント」を切迫早産の治療薬として認めているから良しとすべきなのでしょうか。お腹の赤ちゃん(胎児)は、苦しみを訴えることができません。誕生した後の影響がとても心配です。

▽1970年4月、名古屋大医学部の大学院を修了し国立名古屋病院(現在の国立病院機構名古屋医療センター)の勤務医として産婦人科臨床の現場に入りました。当時、日本の年間分娩数は、ほぼ200万人。今の倍近くでした。当然ですが、切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんたちも治療しました。最近の妊婦さんが、必ず装着する分娩監視装置(CTG)が普及する以前の話です。

▽そのころから、私は妊婦さんの血液中のペプチドホルモンの1つを分解する酵素(私はP-LAP=ピー・ラップと名付けています)の測定値の変化に注意しながら、切迫早産や妊娠高血圧症を治療しました。P-LAPは、妊娠されていない女性の血液には存在しません。正常な妊娠が進行するとともに数値が増えていき、妊娠末期には約100単位になります。

▽即ち、P-LAPの測定値の変化は、切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんの病状を反映しているのです。その事実を突き止めたことによって、病状が悪化する妊婦さんのP-LAPの値は、正常な妊娠と違って、低下することも分かりました。

 

▽そこで次は、どうすればP-LAPを増やすことができるか。どんな方法があるのか。そのヒントが、米国ハーバード大学ボストン産科医院のスミス博士の論文に書かれていました。(1)

このスミス博士の論文を基にして、私なりに工夫を凝らしたのが「エストロゲンとプロゲステロンの暫増療法」なのです。

▽1970年の冬、暫増療法を重症妊娠高血圧症の妊婦さんに試す最初の機会が訪れました。ところが、思わぬ障害が待っていました。当時も今も、日本の周産期医療ではエストロゲンとプロゲステロ

ンを妊婦に使うのは一般的ではありません。特にエストロゲンは現在も使用禁止(禁忌)とされています。そこで、妊婦さんの同意を得て、父が営む三重県桑名市の産婦人科医院の妊婦さんとして治療することにしました。

スミス博士の論文によると、博士は2つのホルモンを治療中は一定量で継続的に投与していました。最長は7日間でした。これに対し、私は妊婦さんの血液中の2つのホルモンが妊娠週数が進むにつれて、徐々に増えていくことに着目しました。切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんの治療は、ホルモンを妊娠週数で徐々に増やしながら投与していく方法が最善と判断しました。ただ、この治療法はP-LAPの計測が必須です。

▽切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんの病状を観察して、P-LAPが妊娠の進行とともに増えるときは、ホルモン療法の効果があり、継続可能と判断できます。ところが、ホルモン療法を継続しても、P-LAPの測定値が低下していく時は、ホルモン療法の限界です。

 

▽国立名古屋病院の後、静岡市の静岡済生会病院(現在の静岡済生会総合病院)に転勤しました。そこでも、妊婦さんの同意のもと、この治療法を試みて有効性を確認出来ました。

 

▽しかしながら、名古屋大学在職時は、医局員からホルモン療法への協力を得られず苦労しました。医局員が、「ウテメリン」や「ブリカニール」といった薬剤で治療中の切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さん数人に、同意を得てホルモン療法を併用しました。「ブリカニール」も喘息治療薬の転用剤で心臓への負担が重く、現在は産科では使用禁止になっています。

▽その数人の妊婦さんたちは、ホルモン療法を開始したら間もなく、「ウテメリン」や「ブリカニール」を使う必要がなくなり、点滴注射から解放させることができました。妊娠高血圧症の妊婦さんは血圧が降下して症状が治癒しました。むろんP-LAPが、妊婦さんたちの症状を管理するのに極めて役立ったのは言うまでもありません。文献(1-4)

▽「ウテメリン」や「マグセント」に苦しむ妊婦さんたちのことを思うと、当時、医局員にもっと協力を求めてホルモン療法の症例を増やし、普及の礎を築いておくべきだったと悔やまれます。開業医のクリニックは、大学病院とは環境が異なります。ホルモン療法をやりたくても、自ずと限界があるのです。

1.S.Mizutani  E. Mizutani, Exp ClinEndocrinol Diabetes 2015; 123:1-6

2.水谷栄彦他、日新生児誌 1978;14(4):534-540

3.S. Mizutani et al. 1988; Exp Clin EndocrinolDiabetes 1988;92:161-170
4. M. Naruki,S. Mizutani etal.Med Sci Res 1995;23:797-802

Dr.水谷の女性と妊婦講座93「マグセントの恐怖に怯えながら妊娠を維持する妊婦たち。心停止の可能性も」

 

▽私たちのNPOが2013年3月に自費出版した『妊娠中毒症と早産の最新ホルモン療法』(静岡学術出版)で、「ウテメリン」で治療出来ない切迫早産の妊婦さんには「マグセント(硫酸マグネシウム)」という注射液が使用されることを紹介しました。「硫酸マグネシウム」という名前からしても、強烈な副作用が容易に想像できるはずです。

▽名古屋大学の学生だった頃の経験です。産婦人科医として三重県桑名市で開業していた父が、当時のマグセント(マグネゾール)を妊娠高血圧症の妊婦さんに注射する場に居合わせました。15分くらいかけて静脈注射するのですが、始めて間もなく、妊婦さんはしきりと「胸のあたりが熱い」と訴えられます。顔つきはまさに苦悶の表情です。その声を聴き、表情を視て、妊婦さんの心臓にマグネシウム剤が極めて重い負担をかけているのだろうと思いました。

▽その当時の妊婦さんの声や表情を思い起こしながら、最近の妊婦さんのブログを読んでいました。もちろんブログですから、「マグセント」を投与された切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんの悲鳴が聞こえるはずはありません。ただ学生時代の経験が蘇り、悲鳴が聞こえるような気がするのです。

そのブログ「妊娠32週突入マグセントの恐怖」の一部を紹介します。

▽「今はウテメリンの注射を受けています。ウテメリンでの動悸やほてりが酷い話をしたらなぜかマグセントを入れられました。(ウテメリン併用)

噂のマグセントです。投入開始すぐにサウナに入ったときのような灼熱に。すぐに汗も吹き出したけど、ウテメリンの副作用の動悸やほてりともちょっと違う感じ(ウテメリンと併用してはいるんだけど)。汗が吹き出したのは顔~胸にかけてくらいだった。すぐに頭がクラクラしてきてだるくなり、しばらくすると子宮口付近が熱くなってきた。心臓バクバク、胃のあたりのムカつきそんなこんな感じている間にも、意識が吹っ飛びそうになり、胸も気持ち悪く、「あ、ヤバイ」と危険を察知しナースコール。すぐに来てくれたけど、そのときには呼吸困難に陥り上手く呼吸できず。とにかく息を吸おうとしても自力でなかなか吸えない状態で呼吸困難。私、死ぬのかなんて考えつつ今私が死んだとしても赤ちゃんはなんとか大丈夫だろうかとか、いや、赤ちゃんは私が育てるんだから死ねないとか、呼吸困難の状態を多分一時間位続けてやっと呼吸が落ち着いてきて酸素を外してもらいました。心停止していたかもしれないと思うと恐怖です。何故ならマグセントの副作用にしっかりと心停止も書いてあったから。」

 

▽まさに「マグセントの恐怖」です。半世紀も前、初めて見て驚愕した、あの妊婦さんと同じです。今のようにブログがあったら、あの妊婦さんも、こんな風に書いたでしょう。やるせない気持ちになります。

▽50年以上、私は産婦人科医として臨床の場でウテメリンもマグセントも一切使用せず、多数の患者さんを治療してきました。切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんに対し、私自身は「エストロゲンとプロゲステロンの暫増療法」のみで対処してきました。

▽しかし、名古屋大学の勤務時代、私は医局員の医師が妊婦さんにウテメリンやマグセントを使うのを黙認しました。『週刊朝日』の2014年11月28日号の記事は、過去への反省を込めて取材に応じた結果です。

2013年5月30日、米FDA(日本の厚労省に相当)は切迫早産の治療で硫酸マグネシウム注射液の使用は5-7日に制限するように勧告しました。

▽ところが薬剤による副作用被害者を救済する医薬品医療機器総合機構(PМDA)や日本産婦人科学会は、FDAの勧告を黙殺し、いまだに使用制限していません。今後、いや今起こり得るかも知れない「マグセント」によるお母さんや赤ちゃんへの副作用の責任をどう考えているのでしょうか? 

▽産婦人科医の間では、切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦に硫酸マグネシウムを投与するのは“常識”です。果たしてそれでいいのだろうか。私は、その実態を親しい消化器外科の先生に初めて話しました。その先生は驚き、もっと広く社会に啓発するよう勧めました。これが、NPОを設立し、『妊娠中毒症と早産の最新ホルモン療法』を自費出版した原点なのです。

Dr.水谷の女性と妊婦講座No.92「妊婦へのウテメリンの投与で“闘争と逃走の神経”が興奮した胎児は発達障害児になる可能性があります」。

 

▽切迫早産の治療薬「ウテメリン」が交感神経系に作用する薬であることは、投与された皆さんが心臓の拍動が速くなることからも分かります。交感神経は別名「闘争と逃走の神経」と呼ばれていますが、いくら心臓の拍動が速くなっても、お母さんは「我が子のため」と耐えることもできましょう。

 

▽ところが、何度も申し上げているように、ウテメリンは胎盤を簡単に通過して胎児に作用します。妊婦が子宮の平滑筋に分布する交感神経のβ(ベータ)受容体をウテメリンで刺激されると、生まれてきた子供は、その後どのような精神状態になる可能性があるのでしょうか。2013年6月のブログで詳しく述べましたが、以下は大切な要点に絞って書きます。

 

▽総務省行政評価局が1月20日、「発達障害のある子どもの診断をしている全国の主要な医療機関27施設のうち半数以上の施設が、初診まで3か月以上待たせている」として厚労省に改善を勧告しました。背景には、発達障害に苦しんでいる子供さんたちの増加があります。医療機関で発達障害児の初診まで3ヶ月以上待たされるという話など、以前は耳にしたことがありません。

 

「1.妊娠初期から中期にかけてベータ刺激剤を投与された妊婦から生まれた 新生児と投与されていない新生児を比較すると、ベータ刺激剤を投与された妊婦から生まれた新生児に自閉症の症状がより多くみらました。

2.ベータ刺激剤を長期間投与されていた妊婦から生まれた新生児は、認知機能や運動機能の発達が遅れ、その後の学校での成績も劣ることが明らかになってきました。

3.ベータ刺激剤を投与されていた妊婦が生んだ新生児は、その後の成長に大きな障害を伴う危険性が否定できません。」(参考文献1,2)

 

胎児の危険な薬物への暴露は、一生涯の問題になっていくのです。

 

▽ヒトは神経によって生命活動を維持します。その神経は、自分の意志で動かせる運動神経と動かせない自律神経から成っています。自律神経は、交感神経と副交感神経で構成され、内臓の働きを支配します。胎児期に長期にわたり「闘争と逃走の神経」が刺激されると、その胎児は自律神経のバランスが狂ってしまい、先々まで尾を引いてしまう可能性が十分にあるのです。

 

▽ウテメリンの副作用に苦しんでおられる大勢の妊婦さんたちが、このブログを読んでくださっています。関東の病院に切迫早産で入院中の妊婦さんが、私が提唱する「エストロゲンとプロゲステロンの暫増療法」を自分が入院中の病院でもやってもらえないだろう、かと電話をかけてこられる時もあります。それも1人や2人ではありません。

 

▽大変有り難いことです。ただ「エストロゲンとプロゲステロンの暫増療法」は、日本産婦人科学会は認めていません。しかしながらこの治療法は1昨年ドイツの国際的医学誌に既に掲載されています。その一方で学会は、今や世界でも日本のみの使用になってしまったウテメリンについて、副作用の重さは認識しながらも、放置し続けています。

 

▽昨2016年の出生数は推定96万人-97万人とついに100万人の大台を割り込んでしまいました。もちろん切迫早産治療薬の副作用が、出生数の減少に直結しているとは申しません。ただ1人目の子供を出産した際に切迫早産になって苦しんだお母さんが、2人目の出産を躊躇、断念してしまうケースも少なからずあるでしょう。まして今は高齢出産される妊婦さんが増えています。その分、切迫早産になる確率も高くなります。今年は2017年です。いつまで1986年発売の薬に頼るのでしょうか。

 

参考文献 1.F. Witter et al. Am J Obstet Gynecol 2009; 261(6):553-9

     
2. E. Courchesne et al. J AmericanMedical Association 2011;306(18):2001-10

     
3.S.Mizutani  E. Mizutani ExpClin Endocrinol Diabetes 2015; 123:1-6

 

 

 


Dr.水谷の女性と妊婦講座No.91「喘息治療薬を転用したウテメリンの長期投与は胎児の心筋を傷害する可能性があります」

 

▽50年以上の産科医療に従事する中で、数えきれない数の赤ちゃんの誕生に立ち合いました。超音波検査が産科で使用されるようになったのはそんなに古いことではありません。しかし、健康な胎児は分娩というストレスに耐え、この世に生まれて、すぐに「オギャー」と元気な声を上げます。産科医として、この声を聴いて初めて、この世に生まれてくれたか、と安堵のため息をついてきました。

▽赤ちゃんが分娩というストレスに耐え切れず、産声を元気にあげられない場合が2つあります。

1.難産の場合です。胎児の大きさが産道の広さを超えるなどの理由からです。

2.胎児奇形(心臓を含め)で誕生後に死亡する場合です。

 

▽2014年7月28日。高松市の病院で緊急帝王切開手術によって、大林夏奈(なな)ちゃんが生まれました。夏奈ちゃんは生後ほぼ2か月後の9月20日、心臓の左心室の筋肉が障害を起こして心不全となる「拡張型心筋症」の恐れがあると診断されて、入院生活が始まりました。(『ななちゃんを救う会』公式サイトより)

このような難病は、産科医としての長い経験のなかで以前は誰も考えも及ばないことでした。あくまで印象ですが、心臓奇形を除けば生後間もなくの新生児の「拡張型心筋症」という難病がしばしばマスコミで報道されるようになったのは最近の話ではないかと思います。

 

▽一昨年10月24日。大阪市のグランフロント大阪で開かれた第24回日本小児心筋疾患学会に初めて参加しました。心臓移植の専門医師や小児科の医師ばかりが集まった場に飛び込んでみました。新生児の拡張型心筋症を少しでも知りたかったからです。

大阪大学小児科の先生方の演題を傾聴していました。すると、気管支喘息の治療に用いる「イソプロテレノール」を投与して動物の心臓の筋肉を厚くし、拡張型心筋症類似のモデル動物を作り、その治療をするという講演がありました。

▽私は驚いて、座席から立ち上がり次のような質問を演者に発しました。

「産婦人科ではウテメリンという比較的β受容体に働くが、α受容体にも作用するという交感神経系に作用する薬を切迫早産の治療に長期間使用しています。そうしますと、産婦人科で切迫早産の妊婦さんに広くなされている“張り止め薬”による治療は、胎児の心臓に拡張型心筋症類似のリスクを与えているのと同じことになりませんか?」。

フロアーからの私の突然の問いかけに、演者も座長も黙りこくって何も答えていただけませんでした。

 

▽私たちのNPOの会員に心臓専門医がいます。その医師は「イソプロテレノールの投与で心臓の筋肉に障害(壊死)が起こることが考えられる」と指摘します。

ここで念のために申し上げますが、大林夏奈ちゃんのお母さんが、イソプロテレノールやリトドリン塩酸塩(ウテメリン)を投与されたという証拠は一切ありません。ただ気管支喘息の治療薬に使われる成分を含む薬剤(イソプロテレノールなど)を長期投与すると、心筋に障害を引き起こすことは、心臓の専門医には当然のことと考えられているようです

▽日本産婦人科学会が切迫早産の妊婦さんに投与を推奨している「ウテメリン」と同じ系統の薬剤が、小児の心筋疾患の治療法を研究する日本小児心筋疾患学会では、動物モデルとはいえ、拡張型心筋症類似モデルを人為的に作り出す薬剤として使われているのです。

 

▽この実態を、皆さんはどう思われますか。タテ割り意識が根強いのは役所ばかりではありません。学会も五十歩、百歩の状態なのです。これでは、いつまでたっても、妊婦さんや赤ちゃんに安心、安全な薬剤の提供など不可能です。これを突き崩すには、皆さんの力をお借りするしかないと訴えていることを、少しご理解いただけると思います。

 

▽最後です。皆さんのご理解を深めるため、専門用語を少し説明します。運動をしている時、私たちは興奮している状態となります。この時、心臓の拍動数は早くなります。このように、交感神経は体を活発に活動させる時に働く神経です。「闘争と逃走の神経」とも呼ばれています。

交感神経系に作用する薬は、アドレナリン受容体に作用して働きます。アドレナリン受容体にはα受容体とβ受容体があります。小児科の先生が使っていた「イソプロテレノール」はα受容体とβ受容体の双方の交感神経レセプターを刺激する薬で喘息治療などに使われています。

 

Dr水谷の女性と妊婦講座No.90「EUのウテメリン規制後、製薬会社は重大な副作用が起こっているのを明らかにしていません」

 

 

▽ヨーロッパの28ヶ国でつくるEU(欧州連合)、正確にはEUの医薬品審査庁(М)が2013年10月25日、ウテメリンなどこの系統の薬剤の産科適応を禁止または使用制限しました。

▽なぜでしょうか。実は、ウテメリンは喘息治療薬のうちβ2刺激薬というタイプの薬を転用して作られています。β2刺激薬は、気管支(気道)の平滑筋に分布するβ2アドレナリン受容体に作用して気管支(気道)を拡張させ、喘息の発作を鎮めます。

▽ところが、β2刺激薬が作用するのは、気管支の平滑筋だけではありません。β2アドレナリン受容体が存在する心臓や子宮の筋肉の平滑筋にも作用するのです。

▽ウテメリンは、この作用に注目して開発されましたが、厄介なのは心臓の平滑筋にも作用してしまうのです。ウテメリンを服用、あるいは、注射剤を投与された妊婦さんたちが一様に「心臓がパクついた」と話す理由がここにあるのです。

▽EМAは、この副作用を重くみて産科適応するウテメリンの錠剤は使用禁止、注射剤は48時間以内の使用に制限しました。切迫早産を予防するベネフィットよりも、心血管系のリスクが大きいと判断したのです。

▽翌2015年2月、国内でウテメリンを製造・販売するキッセイ薬品工業(長野県松本市)が、産婦人科の医師向けに『欧州における短時間作用型ベータ刺激剤に対する措置ならびに日欧におけるリトドリン(ウテメリン錠剤)の使用方法、有効性及び安全性の情報について』という小冊子を配布しました。同社のサイトからも閲覧できます。

▽同社は1986年、オランダの製薬会社「ソルベイ・ファーマシューティカルズ」からウテメリンの製造技術を導入し、厚労省から国内での製造、販売を承認されました。国内では先発品メーカーになり、何らかの事態が発生すると、説明責任があります。そのため小冊子を作成したのです。

▽EМAがウテメリン規制を打ち出して以来、同社の対応を注視していました。ところが、小冊子を一読して愕然としました。酷いのは、国内のウテメリン注射剤に関する安全性データです。

▽『「使用成績調査」では、副作用276件(192例、16.47%)。重篤な副作用はみられなかった。心血管系副作用である心悸亢進(動悸)及び頻脈について、累積副作用発現率の発現頻度を投与時期別に解析したが、投与期間の延長に伴う発現率の増加はみられなかった。』と記述しています。

 

▽『「市販後安全情報」では、2001年1月1日―2013年12月31日までの13年間に自発報告にて報告された副作用を集計したところ、重篤な心血管系副作用は、母体で165件、児(胎児)で32件であった。このうち、肺水腫の報告が多く、続いて心不全が多い。副作用の報告数に関しては、近年急激に増える等、顕著な変化は見られていない。』としています。

▽小冊子発行以前、同社が厚労省に提出したウテメリン注射剤の副作用報告が手元にありますが、副作用の深刻さや報告件数が全く異なります。手元の文書にはこう明記されています。

『1986年4月のウテメリンの承認以来、2002年12月末までの16年8か月の間に、妊婦に現れた重い副作用251例が報告されています。副作用報告の内訳は、無顆粒球症関連が132例。肺水腫が87例(うち1例は死亡)。横紋筋融解症が32例。短期投与でも重い副作用を発症した妊婦が少なからずいた。』。

 ▽お分かりのように、小冊子は1986年4月の発売から2002年12月末までの重い副作用に関する記述が完全に欠落しています。資料を見落としたのでしょうか。それとも廃棄したのでしょうか。実に不思議な話です。

▽小冊子には「国内における対応が決定され次第、速やかに先生方へ情報をお伝えします」とも書かれています。重い副作用が確認され、海外では使用制限あるいは承認取り消し(製品回収)の事態になった以上、まず迅速、かつ、詳らかに情報を公開する。そのうえで改めて厚労省やPМDA、ウテメリンを実際に使用している産婦人科医、さらに可能なら投与された経験のある妊婦さんも交えて真摯に話し合う。それが、人の命を預かる製薬会社の社会的責任だと思います。

▽EUがウテメリンを規制して既に3年3ヶ月近く経ちました。この間、厚労省や日本産婦人科学会は、ウテメリンの産科適応に対し、未だ何のリアクションも起こしていません。キッセイ薬品と厚労省外郭団体のPMDAの協議結果が公表されただけです。果たして、このまま放置しておいてよいのでしょうか。

▽今や世界の先進国でウテメリンが長期使用されているのは日本だけです。この3年余の間に、女性の社会進出はさらに進み、切迫早産の可能性が高くなる高齢出産の妊婦が増えています。妊婦にも赤ちゃんにも危険なウテメリンの出番は止まりません。にもかかわらず、製薬会社が一遍の小冊子を発行し、お茶を濁してしまう対応でよいのでしょうか。官僚や政治家、さらには学会の傍観は、あまりに無責任です。


▽ブログを読んでいただいている皆さん、どうか声を上げてください。少子化が深刻化し、女性の活躍が声高に叫ばれています。今こそ、妊婦や胎児にリスクの高い薬を追放する好機なのです。

 

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