2017年02月

Dr.水谷の女性と妊婦講座No97「ホルモン療法は喘息治療薬を転用(産科適応)した切迫早産治療薬よりも効果が優れています。

▽1986年4月の「ウテメリン」の発売以前、喘息治療薬「ブリカニール」(テルブタリン硫酸塩)が切迫早産の治療に使われていました。心臓への負担が重くなって、「ブリカニール」を使えなくなった妊婦さんに、2つの女性ホルモン(エストロゲンとプロゲストロン)によるホルモン療法を試みて、出産に漕ぎつけた事例をブログNo95で紹介しました。

 

▽予想していた以上の反響でした。しかし、なかなか信じられない方も少なくないようです。その頃、同じ理由で「ブリカニール」を使えなくなった別の2人の妊婦さんにも、ホルモン療法を試みています。その事例も紹介します。

 

▽まず、左図の妊婦さんです。

私が名古屋大学助手で産科主任時代のことです。名古屋大学病院通院中の方です。Admission(入院)の時点で軽症の妊娠高血圧症(収縮期血圧130-140mmHg)でした。名古屋大病院に入院してもらい、安静療法で経過をみました。

切迫早産の症状が現れました。10分間毎に2回痛みを伴う子宮収縮でした。

 

テルブタリン(ブリカニール)の投与を始めて増量していきました。投与量が1日14㎎の時点でホルモン療法を始めました。すると、すぐさまテルブタリンを減量できました。

 

しばらくテルブタリンとホルモン療法の併用で妊娠30週にはテルブタリンの投与を一時中止しました。

 

妊娠32週から33週に少量のテルブタリンを投与し、同時にホルモン療法のホルモン投与量も徐々に減らしていき、34週にはどちらも中止しました。

 

この間、治療方針は子宮収縮とP-LAP値の推移で判断し決定しました。

Delivery妊娠38週で自然陣痛が始まり、体重2875g、アプガースコア9点の元気な男児を経腟分娩されました。

 

●は、この妊婦さんのP-LAP値の推移。○はズファラジン100mg/日持続点滴で治療した切迫早産の妊婦さんのP-LAP値の推移(講座95参考)と対比しています。

 

▽次に右図の妊婦さんです。

上記の方と同じ頃の事で、名大通院中のかたです。Admissionの時点で切迫早産でした。妊娠28週で名古屋大病院に入院。10分間毎に2回痛みを伴う子宮収縮がありました。子宮口も開大していたため、テルブタリンによる治療を始めました。

 

1日当たりの投与量を14㎎で始めたものの、妊婦さんは極端な心悸亢進と不整脈が出始めました。

このためホルモン療法を妊娠29週に開始し、間もなく(1週間以内に)テルブタリンの投与量を減らすことができました。同時に切迫早産の症状も改善されました。

妊娠34-35週には、投与するホルモン量を減らして36週には中止しました。

 

●はこの妊婦さんのP-LAP値の推移。○はズファラジン100mg/日持続点滴で治療した切迫早産妊婦のP-LAP値の推移(講座95参考)と対比しています。

 

妊娠37週に自然陣痛開始し、Deliveryに体重3210g、アプガースコア9点の元気な女児を経腟分娩されました。

 

この2つの症例は英国の雑誌に投稿しています(文献)。

M. NarukiS.Mizutaniet al. Med Sci Res 1995;23:797-802



Dr.水谷の女性と妊婦講座No96 「妊婦血中の生化学検査は、なぜ産婦人科診療ガイドラインから消し去られたのでしょう」

分娩監視装置(CTG)は、胎児の心拍と妊婦の陣痛(子宮収縮)をモニタリングする医療機器です。胎児の心拍数と妊婦の子宮の収縮を同時に視ることで、胎児の健康状態を監視する方法として、日本をはじめ世界中で普及している検査法です。

▽ところが、米国の産婦人科医Banta Dは、1979年の論文で「CTGは、通常検査としては有用性が不十分。CTGの使用で不必要な帝王切開術が増加しているだけだ」と指摘しています。

さらにGrimes D(1)CTGは正常妊婦のスクリーニング検査としては価値がない。(2)CTGは1960年代のトラウベ(聴診器)で一定時間ごとに胎児心拍をチェックする方法と比べ、明らかに帝王切開を増やしたうえ、新生児の長期予後(低酸素状態による胎児脳症)には何ら寄与していない-と決めつけました。このころから米国ではCTGの産科医療における問題点が論議されているのです。

▽前回Nо95のブログで、ウテメリンやマグセントを使用しなくても、ホルモン療法で切迫早産や妊娠高血圧症の治療はできると書きました。しかしそのホルモン療法は、胎児・胎盤機能検査である妊婦血中のP-LAP値の測定なくしては不可能です。

すなわち、ホルモン療法をどこまで延長できるか。その判断は、まさに妊婦血中のP-LAP値の変化を基にするのです。

CTGの登場は、日本産科婦人科医会の故寺尾俊彦・前会長(元浜松医科大学長)をはじめとする当時の周産期医療のトップの努力の結果です。これに対し生化学検査による胎児・胎盤機能検査は長い伝統があります。

 

戦後間もない昭和20年代、子宮収縮ホルモン「オキシトシン」の分解酵素(「オキシトシナーゼ」の研究が、東京大学と名古屋大学の産婦人科教室で始まりました。オキシトシンは分解されるとホルモン作用がなくなるのです。

その後オキシトシナーゼの研究は、順天堂大学産婦人科の故古谷博教授(現防衛医科大学の古谷健一教授の父)や横浜市立大学産婦人科の故岩崎寛和教授によりオキシトシナーゼの産科臨床応用研究が進みました。▽オキシトシナーゼはオキシトシンの末端のアミノ酸のシスチン(cystine)を切断するため、シスチンアミノぺプチダーゼ(CAP)とも呼ばれています。当時、三共製薬(現在の第一三共)がCAP測定キットを発売していました。 健康保険適用もあり採血するだけで胎児well-being (胎児の状態が健全である)が簡単に判定できることから臨床応用されていました。私は、当時の臨床検査テキストに肝機能検査として広く使われていたロイシンアミノぺプチダーゼ(LAP)が妊婦血中に妊娠の進行とともに増加するのを知りました。少し基礎的な検討の結果、妊婦に増加するLAPは、胎盤由来(胎盤性LAP,P-LAP)で、CAPと同じ酵素と分かりました。

▽これらの生化学検査は、私が日本産婦人科学会の理事を退任するまでは,健康保険適用の検査法でした。私が名古屋大学を退官して間もなく、健康保険の適用から外されました。

その後、産婦人科診療ガイドライン「胎児発育不全(FGR)のスクリーニング法」からも除外されました。日本産婦人科学会は、先人達が営々と築いてきたホルモンや酵素に着目した生化学検査の歴史を消し去ろうとしています。

これまで紹介した生化学的な胎児や胎盤のwell-being検査方法を一切除外してしまっているのです。

▽産婦人科学会の診療ガイドラインは、若い医師たちの指導規範になっています。生化学検査を消し去ることは、若い医師たちのためにならないばかりか、彼、彼女らが診察する妊婦さんの不利益にほかなりません。

産婦人科診療ガイドラインは、日本産婦人科学会と産科婦人科医会が共同で作成、公表します。連続測定すれば、CTGよりはるかに有用な生化学検査を、どうして葬り去ってしまったのでしょう。

▽2017年に改定されるはずの産婦人科診療ガイドラインでも、胎盤機能低下などによる胎児well-being の評価法で、生化学的な検査法に言及する可能性はないようです。極めて歪なガイドラインと言わざるを得ません。

現行の評価法は、胎児が既にストレス状態に落ち込んだしまった状態で胎児の状態を検査しているのです。これでは、胎児・胎盤機能が悪化するのを予知するのは至難の技です。

 

1.  Banta D, Thacker SBObset Gynecol Surv 2001;56:707-19

2.  Grimes DA, PeipertJF Obset Gynecol 2010;116:1397-1400

 

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No95「ホルモン療法は切迫早産の妊婦さんから双子を誕生させた実績があります」

 

▽「ウテメリン」が1986年4月に発売される前、産婦人科医は喘息治療薬「ブリカニール」(テルブタリン硫酸塩)を切迫早産の妊婦さんに広く使っていました。販売元の藤沢薬品(現在のアステラス製薬)MRさんが「産科での使用は適用外使用なので止めてほしい」と何度も現場の医師に懇願していた風景を思い出します。

 

▽今回は、ウテメリンが発売される前の話です。当時、名古屋大学産婦人科の産科主任でした。関連病院の中部労災病院(名古屋市)の医師から相談がありました。「双胎妊娠で切迫早産症状のためブリカニールを妊娠25週から持続して点滴を開始して、投与量を増やしても症状が改善しません。投与量が増えてしまって困っているのですが、どうしたらよいでしょうか」。その医師の訴えは必死でした。 

▽そこでエストロゲンとプロゲステロンを使用するホルモン療法を勧めました。医師は二つ返事でした。妊娠29週から中部労災病院でブリカニールとホルモン療法の併用が始まりました。翌30週になり、妊婦さんは名古屋大病院へ転送されてきました。その後は、名古屋大病院でホルモン療法を継続し、胎盤機能を調べるP-LAPの活性検査を続けました。

▽すると妊娠31週からは、子宮の収縮回数が減って症状が改善し、P-LAPの増加とともにブリカニールの投与量を減らしていきました。妊娠32週には、ブリカニールを中止して、妊娠34週からはホルモン投与量も徐々に減らし、36週でホルモン療法も中止しました。

▽翌37週には自然陣痛が始まり、2415g(アプガースコア8)と2660g(アプガースコア9)の双胎経腟分娩で元気な双子が誕生しました。詳しくは、以下の論文に記載されています。


M. Naruki
S. Mizutaniet al. Med Sci Res 1995;23:797-802


論文に併載されている図を書いておきます。



図の
●は妊婦のP-LAP値の推移、△双胎妊娠時のP-LAP値の推移。○はズファラジン100mg/日持続点滴で治療した切迫早産妊婦のP-LAP値の推移。delivery(分娩)


admission(入院)、Terbutaline
(テルブタリン、ブリカニールの一般名)Progesterone(プロゲステロン、黄体ホルモン)stradiol(エストラジオール、卵胞ホルモン)


※ズファラジン錠(第一三共、イソクスプリン塩酸塩)は10mg錠が現在も妊娠12週以上の切迫早産・切迫流産の妊婦さんに使われることがあります。

 

 


 


 

 

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