▽少し前の話です。朝日新聞の7月18日のデジタル版に、次のような記事が掲載されていました。見出しは「妊婦にED( 勃起不全)治療薬、胎児発育不全に効く?」です。勃起障害(ED)治療薬として使われている「タダラフィル」が、おなかの赤ちゃんの推定体重が基準値より少ない「胎児発育不全」の治療に有効かもしれないという内容でした。

 

▽胎児発育不全になりやすい「肺高血圧症」の妊婦が、これを治療する目的でタダラフィルを服用し際に胎児の発育が悪くならない傾向がみられた。このことが、「胎児発育不全」を治療する薬候補になったきっかけだったようです。

 

▽さらに妊娠したマウスの実験で、タダラフィルを投与すると、血圧の上昇やたんぱく尿が改善することも分ったそうです。このことから、妊娠高血圧症候群にも有効な可能性があると考えられ、昨年(2016年)から胎児発育不全と妊娠高血圧症候群の妊婦を対象に、この薬を毎日投与する臨床研究が進められていると書かれています。

 

▽さて、本題です。まず、「肺高血圧症」の妊婦と書かれていますが、肺高血圧症とはどのような病気なのでしょうか。また、そのような方が妊娠すると一体どのようなリスクがあるのでしょうか。皆さん、ご存じですか。

 

▽肺高血圧症は、心臓の右室から肺へつながる肺動脈といわれる部分の血圧が高くなる病気です。一般に「 高血圧」といわれる病状とは大きく異なります。肺動脈を通る血圧は、全身の血圧よりかなり低いのです。全身の血圧の正常値が約120/80mmHgなのに対し、肺動脈の血圧は25/15mmHgです。この血圧が上がるのが肺高血圧症です。

 

▽もちろん、稀な病気です。そのため、残念ながら、今も予後不良の疾患です。ただ最近、この疾患の治療薬の開発が進み、症状を緩和される患者さんも増えてきました。現状では、トラクリア(エンドセリン受容体拮抗薬)、「タダラフィル」といったPDE-5阻害薬などが、主な内服薬です。どれも血管を拡張する作用があります。

 

▽ところが、「肺高血圧症」の患者さんが妊娠すると、心臓への負荷が重くなって、多くの方は死に瀕します。PDE-5阻害薬を含め、これらの薬剤が、肺高血圧症の治療に有望とはいえ、肺高血圧症の妊婦さんが死の危険から解放された事実は未だありません。肺高血圧症の患者さんが、妊娠を継続すると、母体死亡率は30-56%にも及びます。

 

▽この事実に照らすと、胎児発育不全になりやすい「肺高血圧症」の妊婦が、これを治療する目的でタダラフィルを服用した際に胎児の発育が悪くならない傾向がみられたとする記事は、あまりにも軽いと言わざるを得ません。

 

▽記事を書いた記者さんは確か女性の方でした。恐らく医者ではないだろうから、医者にそういう説明を受けて記事を書かれたのでしょう。ただ紙面は限られているので、記事を書く際、何らかの事実関係をカットされた可能性もあるでしょう。ブログを読まれていたら、そういう点も含め、是非、このブログに経緯を投稿してください。

 

※エンドセリン受容体拮抗薬:体内物質のエンドセリンは強力な血管収縮作用などをあらわすが、本剤はエンドセリンの受容体に作用しエンドセリンの作用を阻害することで血管収縮抑制作用などをあらわす。

PDE-5阻害薬:血管の平滑筋の弛緩などに関わるcGMPという物質は、ホスホジエステラーゼ5PDE5)という酵素によって分解される。本剤はPDE-5を阻害することで、前立腺や膀胱平滑筋、下部尿路血管の平滑筋内のcGMP濃度を上昇させ、血管を拡張。そのことによって、血流や酸素の供給が増える。