2017年09月

Dr.水谷の女性と妊婦講座No.112「世界で広まるホルモン療法見直し。北米更年期学会も新治療方針を作成」

 

▽2002年、NIH(米国衛生研究所)が高齢女性に対するホルモン療法は、心血管疾患や脳卒中、浸潤性乳癌の発生リスクを高めると報告しました。その当時、ホルモン療法は、更年期女性の健康に好影響があり、動脈硬化の予防にもなるとして、推奨する内科医も多かったのです。しかしNIHの論文が発表されたのを契機に、ホルモン療法は世界的に下火になっていきました

 

▽時流に抗い、私はホルモン療法を続けてきました。「私たち人間はホルモンで生かされている。ホルモンが減ってしまった女性に補充してどこが悪い」。この信念に基づいています。もちろん十分な臨床例もあります。


▽私の信念を補強する論文が最近、北米更年期学会が発行する医学雑誌『Menopause(メノポーズ、閉経)』に掲載されました。ホルモン療法(Hormone Replacement Treatment)の新しい治療方針が策定されたのです。方針策定チームのメンバーの1人、米フロリダ大学産婦人科のAndrew Kaunitz(アドリュー・カウニッツ)教授が、コメントを発表しています。それをご紹介します。

 

▽コメントは、50代あるは閉経後10年以内の女性に対し、更年期症状(VMSと呼ばれるホットフラッシュや手足の冷えなど血管運動神経症状)、Quality of Life(生活の質)の低下、骨粗鬆症の予防対策などにホルモン療法を奨励しています。これが基本スタンスです。

 

▽そのうえでKaunitz教授は、ホルモン療法の継続期間を強調しています。これまでホルモン療法の継続期間については、あまり明確な指針がありませんでした。今回の治療方針は、そこにスポットを当てています。即ち、患者さんが65歳を過ぎても、ホルモン療法は、そのリスクとベネフィットを説明すれば、継続するのは何ら問題ないとしています。

 

▽更年期症状の持続期間は、個人差がありますが、平均10年以上のようです。ホルモン療法を始めると、早期に更年期症状が治癒します。このため治療を受ける方は、すぐさま何才まで継続するのかという問題に直面します。

 

▽理由は、更年期症状への長期継続に関する論文が少なかったためです。65歳以上の方へのホルモン療法の継続期間には、明確な指針がありませんでした。65歳以上の方にホルモン療法を続ける意義は、ホットフラッシュなどは治癒しても、体が痩せていて骨折のリスクが高い方には、骨折予防として意義があるからです。新しい治療方針は、そういうケースでは、エストロゲン(卵胞ホルモン)の投与量を通常量より減らして続けるよう提言しています。

 

▽ここでホルモン療法をご存じない方に、少し説明します。この療法は、女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロン(黄体ホルモン)を投与します。子宮を摘出した方には、エストロゲンを単独投与します。子宮が健常な方にホルモン療法を施す際、エストロゲンのみを長期投与すると、必ず子宮の内側の膜(内膜)が厚くなり、出血やまれに子宮内膜が異常に厚くなって、子宮内膜癌のリスクが発生するためです。

 

Kaunitz教授のコメントは「エストロゲンとプロゲステロンの長期投与は、乳がんのリスクも考えられる」と述べています。その点では従来の考え方、すなわち、NIH(米国衛生研究所)の2002年の報告から脱却出来ていないようです。

 

▽ホルモン療法は、「苦難の歴史」を歩んできました。2002年のNIHの報告後、日本産婦人科医会も、私たち会員に注意を促す通達を出しました。これが引き金となり、殆どの産婦人科医はホルモン補充療法を忌み嫌い、罪悪視するようになりました。しかし私は「信念」がありました。

 

▽当然、臨床の裏打ちがあったからです。若い頃、何らかの理由で両側の卵巣を摘出せざるを得ない若い患者さんたちと遭遇しました。患者さんたちには、無論、女性ホルモンを投与しました。ところが、患者さんの中には、通院をせず、女性ホルモンを服用されない方もいました。そんな方々が、久しぶりに外来に来られると、大変老け込んでいるのです。私は「女性ホルモンの減少が原因」と判断して、再び女性ホルモンを投与しました。すると、その患者さんたちは再び生き生きとした若さを取り戻すのです。そのような経験の積み重ねが、私の強い信念を支えているのです。


▽現在、NIHの報告には多くの疑問が投げかけられています。2016年、米国で次の様な論文が有名な医学雑誌に掲載されました。閉経後早期(6年以内)に始めたホルモン療法は、頸動脈の内膜・中膜の肥厚で評価される無症候性アテローム性動脈硬化の進行を抑えるという内容です。子宮を摘出された女性にはエストロゲンのみ、それ以外の女性にはプロゲステロンを併用しています。

 

▽さらに2016年には、欧州のデンマークでホルモン療法のベネフィットが報告されました。デンマークは、がん患者の登録を義務化し、ホルモン補充療法の施行者を登録しています。このような背景で、ホルモン療法の功罪、ベネフィットとリスクを検討した結果でした。

 

▽ホルモン療法(エストロゲン単独投与とエストロゲンとプロゲステロン併用投与)は、この療法を試みなかった患者群と比べると、大腸癌と直腸癌の発症頻度が下がっていたのです。しかも施行期間(投与期間)が長くなるほど、大腸癌や直腸癌のリスクを下げる傾向があり、施行者群は大腸癌や進行性直腸癌の発生頻度が低い事実も明らかになりました。


▽昨秋、
米国内分泌学会雑誌に掲載された報告もベネフィットを挙げています。ホルモン療法によって、非実施の場合に比べ、骨量だけでなく骨微細構造の改善も期待できると言うのです。50-80歳の女性の調査で、調査時点でホルモン療法中の女性は、過去にホルモン療法を施行した女性やホルモン療法をしていない女性に比べ、骨量が明らかに増加しました。


▽これらの公表論文と北米更年期学会の新しい治療方針を考えると、手前ミソではなく、ホルモン療法は16年の歳月をかけて再び陽が当たる場に戻ろうとしています。これは女性だけでなく、男性にも吉報です。なぜなら、男女問わず人はホルモンによって生かされているからです。早晩、男性の更年期症状のホルモン治療が始まるかも知れません。

 

文献:Menopause vol.24,No.7,pp.728-753

 











Dr.水谷の女性と妊婦講座No111 「相武紗季さんの危険なマタ旅。妊婦さんは真似ないで!

 ▽フジテレビ系「とくダネ!」のコメンテーターで産婦人科医の宋美玄氏が8月29日、ツイッターを更新。第1子の妊娠が報じられた女優相武紗季さんのインタビュー記事を取り上げて、「やめて!こういうインタビュー」とツイートしました。

 

▽相武さんは、雑誌のインタビューでマタニティライフを紹介し、出産前にやっておきたいことに「旅行」を挙げていました。出産後は育児にかかりきりになることや、子連れで行ける場所も限られていることからだとみられ、今は国内外の旅行に出掛けて、「思い出を作りたい」そうです。

 

▽宋氏は、その記事をツイッターに添付し、「やめて!こういうインタビュー」とツイートしたのです。翌30日にもツイッターを更新し、「産んだら何も出来ないから、今のうちにという発想が一般的になってしまっているのだと思うけど」とつぶやいていました。多少なりともリスクを伴う頻繁なマタニティ旅行(マタ旅)よりも、出産後の旅行の楽しさを伝えてほしいと訴えています。

 

▽「多少なりともリスクを伴う頻繁なマタニティ旅行」と、孫氏は“遠慮”されていますが、私はハッキリ、「リスクの多いマタ旅」と言います。早産や流産の原因は不明とされています。しかし長い臨床経験によると、早産や流産される妊婦さんの多くは、1.終日 立ち仕事をしている。2.通勤に片道1時間かかる。3.休日に休まずに外出ばかりする-という共通項があります。このようなライフスタイルの妊婦さんは、早産や流産となる確率が極めて高いのです。どうしてかというと、お腹の中の赤ちゃんがストレス状態になり易いからです。

 

▽以前のブログ「高層マンション症候群」で指摘したが、分娩予定日を過ぎて陣痛が起こらない妊婦さんには大変効果のある陣痛誘発法を勧めます。その方法は、1)まず自宅で長風呂する。2)病院の階段(5-6階)の上り降り-です。

 

▽1)の長風呂は、温まることで妊婦さんの全身の血流、特に体表面の血流が盛んになります。その結果、比較的胎児への血流が減少します。即ち胎児への酸素供給が少なくなり、胎児はストレス状態になります。

▽2)の病院の階段(5-6階)の上り降りも、長風呂と同じ理由で妊娠末期のお腹の大きな妊婦さんが上り降りするのは実に大変です。足の筋肉を中心に血流が盛んになり、その結果、比較的胎児への血流が減少します。即ち胎児への酸素供給が減って、胎児はストレス状態に陥ります。

 

▽どちらにも共通するのは、胎児への血流減少で酸素不足がおこり、陣痛が起こることです。早産や流産も、基本的には陣痛発来と一緒で胎児がストレス状態で増やすホルモン「バゾプレシン」が引き金となっていると考えています。

 

▽この陣痛誘発法は、産科臨床50年の経験で大変効果的な陣痛誘発法でした。マタ旅は、まさに胎児にストレス状態を与えことにほかなりません。相武さんは旅を楽しんでおられても、お腹の赤ちゃんにはストレスがかかっているのです。

 

▽最近、妊婦さん向けの啓蒙書のほとんどは、妊娠の生理を理解していない方々が書いているように思えます。妊婦さんに流産の危険性の高い生活様式を勧めている内容が少なくありません。妊婦さん向けの豪華ツアーを企画する旅行社もあると聞きます。出版社も旅行代理店も、妊婦さんやお腹の赤ちゃんのことを真剣に考えているのでしょうか。妊娠中の“無用の旅”は論外でしょう。

 

 

Dr水谷の女性と妊婦講座No.110「ED治療薬を胎児発育不全や妊娠高血圧症症候群に使えないワケ ただでさえ低い胎児の血圧をさらに下げるだけ」

 

▽前回No.109 のブログで、朝日新聞の7月18日のデジタル版の記事「妊婦にED( 勃起不全)治療薬、胎児発育不全に効く?」を紹介し、否定的な考えを明らかにしました。ただ根拠を説明していなかったため、イチャモンと受け取られた方がいらっしゃったかも知れません。今回のブログは、その根拠を書きます。

▽記事によると、妊娠マウスにED治療薬のタダラフィルを投与すると、血圧の上昇やたんぱく尿が改善することも分ったことが、妊娠高血圧症の妊婦にタダラフィルを実験的に使うことになった理由とされていました。

▽そこで、その根拠となった論文を少し読んでみました。私がチェック出来ていない論文があるかもしれませんが、読むことが出来た論文から言えるのは次のことです。

▽まず、妊娠高血圧症の病態の記述です。妊婦の胎盤の血流が悪くなり、子宮・胎盤では酸素不足になって胎児の発育が障害される。

つまり、子宮・胎盤の酸素不足が妊娠高血圧症を増悪させるという考え方に基づき、肺高血圧症に有効なED治療薬を妊娠高血圧症のマウスに実験的に投与したら、血圧の上昇やたんぱく尿が改善されたということです。

▽このマウスを使った実験結果から、国内ではヒトの妊娠高血圧症患者に対するED治療薬の実験的な投与が、昨年から続いているのは間違いないようです。

▽さて、妊娠高血圧症の究極の治療法は、妊娠の中断即ち胎児の早期娩出です。手短に言うと、妊婦の子宮内に胎児が生きて存在すること自体が、妊娠高血圧症という病態の本質です。胎盤の血流が悪くなるのは、胎児が生きているからなのです。ここを忘れては、妊娠高血圧症の治療薬は開発できません。

▽2009年に発行された海外の妊娠高血圧症の専門誌に、タダラフィル(勃起不全治療薬)を妊娠高血圧症患者に投与した成績が、掲載されています。タダラフィルを投与すると、母体・胎児に悪影響は見られなかったが、患者の妊娠期間の延長は全く出来なかったと記載されています。

▽この論文は、妊娠24-34週の妊娠高血圧症患者へのタダラフィルの治療を支持しないと明記しています。

▽過去の「女性と妊婦講座」で何度か述べた様に、胎児は45-50mmHgと低血圧です。臍帯(へその緒)の動脈末端は、胎盤の先端で毛細血管となり、その血圧は10mmHgほどです。この部分で、胎児は母体の子宮動脈から吹き出る血液で満たされたプールから酸素をもらう一方、老廃物を排出して命を繋ぐ重要な物質を交換しています。

肺動脈の血圧は25-15mmHgですが、胎児は大変な低血圧状態で、母体から酸素を得ています。妊婦が妊娠高血圧症になると、胎児は、自らを守るために、さらに血圧を上げるための酸素を得る努力を強いられます。

▽その胎児の血圧を逆に下げてしまうのは、胎児をさらなる悪環境下に置くのにほかなりません。タダラフィルは、血管拡張作用があり、血圧を下げます。降圧効果は、一般的な降圧薬ほどないにしても、胎児の環境を改善させるとは到底思えないのです。

文献:Rebekah A et al. Hypertension in pregnancy 28:369-3822009

 

 

 

 

 

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