▽2002年、NIH(米国衛生研究所)が高齢女性に対するホルモン療法は、心血管疾患や脳卒中、浸潤性乳癌の発生リスクを高めると報告しました。その当時、ホルモン療法は、更年期女性の健康に好影響があり、動脈硬化の予防にもなるとして、推奨する内科医も多かったのです。しかしNIHの論文が発表されたのを契機に、ホルモン療法は世界的に下火になっていきました。
▽時流に抗い、私はホルモン療法を続けてきました。「私たち人間はホルモンで生かされている。ホルモンが減ってしまった女性に補充してどこが悪い」。この信念に基づいています。もちろん十分な臨床例もあります。
▽私の信念を補強する論文が最近、北米更年期学会が発行する医学雑誌『Menopause(メノポーズ、閉経)』に掲載されました。ホルモン療法(Hormone Replacement Treatment)の新しい治療方針が策定されたのです。方針策定チームのメンバーの1人、米フロリダ大学産婦人科のAndrew Kaunitz(アドリュー・カウニッツ)教授が、コメントを発表しています。それをご紹介します。
▽コメントは、50代あるは閉経後10年以内の女性に対し、更年期症状(VMSと呼ばれるホットフラッシュや手足の冷えなど血管運動神経症状)、Quality of Life(生活の質)の低下、骨粗鬆症の予防対策などにホルモン療法を奨励しています。これが基本スタンスです。
▽そのうえでKaunitz教授は、ホルモン療法の継続期間を強調しています。これまでホルモン療法の継続期間については、あまり明確な指針がありませんでした。今回の治療方針は、そこにスポットを当てています。即ち、患者さんが65歳を過ぎても、ホルモン療法は、そのリスクとベネフィットを説明すれば、継続するのは何ら問題ないとしています。
▽更年期症状の持続期間は、個人差がありますが、平均10年以上のようです。ホルモン療法を始めると、早期に更年期症状が治癒します。このため治療を受ける方は、すぐさま何才まで継続するのかという問題に直面します。
▽理由は、更年期症状への長期継続に関する論文が少なかったためです。65歳以上の方へのホルモン療法の継続期間には、明確な指針がありませんでした。65歳以上の方にホルモン療法を続ける意義は、ホットフラッシュなどは治癒しても、体が痩せていて骨折のリスクが高い方には、骨折予防として意義があるからです。新しい治療方針は、そういうケースでは、エストロゲン(卵胞ホルモン)の投与量を通常量より減らして続けるよう提言しています。
▽ここでホルモン療法をご存じない方に、少し説明します。この療法は、女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロン(黄体ホルモン)を投与します。子宮を摘出した方には、エストロゲンを単独投与します。子宮が健常な方にホルモン療法を施す際、エストロゲンのみを長期投与すると、必ず子宮の内側の膜(内膜)が厚くなり、出血やまれに子宮内膜が異常に厚くなって、子宮内膜癌のリスクが発生するためです。
▽Kaunitz教授のコメントは「エストロゲンとプロゲステロンの長期投与は、乳がんのリスクも考えられる」と述べています。その点では従来の考え方、すなわち、NIH(米国衛生研究所)の2002年の報告から脱却出来ていないようです。
▽ホルモン療法は、「苦難の歴史」を歩んできました。2002年のNIHの報告後、日本産婦人科医会も、私たち会員に注意を促す通達を出しました。これが引き金となり、殆どの産婦人科医はホルモン補充療法を忌み嫌い、罪悪視するようになりました。しかし私は「信念」がありました。
▽当然、臨床の裏打ちがあったからです。若い頃、何らかの理由で両側の卵巣を摘出せざるを得ない若い患者さんたちと遭遇しました。患者さんたちには、無論、女性ホルモンを投与しました。ところが、患者さんの中には、通院をせず、女性ホルモンを服用されない方もいました。そんな方々が、久しぶりに外来に来られると、大変老け込んでいるのです。私は「女性ホルモンの減少が原因」と判断して、再び女性ホルモンを投与しました。すると、その患者さんたちは再び生き生きとした若さを取り戻すのです。そのような経験の積み重ねが、私の強い信念を支えているのです。
▽現在、NIHの報告には多くの疑問が投げかけられています。2016年、米国で次の様な論文が有名な医学雑誌に掲載されました。閉経後早期(6年以内)に始めたホルモン療法は、頸動脈の内膜・中膜の肥厚で評価される無症候性アテローム性動脈硬化の進行を抑えるという内容です。子宮を摘出された女性にはエストロゲンのみ、それ以外の女性にはプロゲステロンを併用しています。
▽さらに2016年には、欧州のデンマークでホルモン療法のベネフィットが報告されました。デンマークは、がん患者の登録を義務化し、ホルモン補充療法の施行者を登録しています。このような背景で、ホルモン療法の功罪、ベネフィットとリスクを検討した結果でした。
▽ホルモン療法(エストロゲン単独投与とエストロゲンとプロゲステロン併用投与)は、この療法を試みなかった患者群と比べると、大腸癌と直腸癌の発症頻度が下がっていたのです。しかも施行期間(投与期間)が長くなるほど、大腸癌や直腸癌のリスクを下げる傾向があり、施行者群は大腸癌や進行性直腸癌の発生頻度が低い事実も明らかになりました。
▽昨秋、米国内分泌学会雑誌に掲載された報告もベネフィットを挙げています。ホルモン療法によって、非実施の場合に比べ、骨量だけでなく骨微細構造の改善も期待できると言うのです。50-80歳の女性の調査で、調査時点でホルモン療法中の女性は、過去にホルモン療法を施行した女性やホルモン療法をしていない女性に比べ、骨量が明らかに増加しました。
▽これらの公表論文と北米更年期学会の新しい治療方針を考えると、手前ミソではなく、ホルモン療法は16年の歳月をかけて再び陽が当たる場に戻ろうとしています。これは女性だけでなく、男性にも吉報です。なぜなら、男女問わず人はホルモンによって生かされているからです。早晩、男性の更年期症状のホルモン治療が始まるかも知れません。
文献:Menopause vol.24,No.7,pp.728-753
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