▽男性の勃起不全(ED)治療薬では妊娠高血圧症や赤ちゃんの推定体重が基準値を下回る胎児発育不全の治療はできない、とかねてから主張してきました。
▽最近では、朝日新聞が昨年7月18日のデジタル版に「妊婦にED治療薬、胎児発育不全に効く?」という見出しで、ED治療薬「タダラフィル」が胎児発育不全の治療に有効かも知れないという内容の記事を掲載した際も、このブログ「Dr水谷の女性と妊婦講座」Nо.109(http://p-lap.doorblog.jp/archives/51982897.html)とNо.110(http://p-lap.doorblog.jp/archives/52006560.html)で、疑問を呈しました。
▽欧州では2015年から、オランダを中心に11病院で妊娠中期に胎児発育不全と診断された赤ちゃんに対するED治療薬シルデナフィルを投与する臨床試験が進められています。ED治療薬は、胎盤への血液の流れを増やして子宮内の胎児発育不全を改善するとの仮説に基づいています。
▽ところが、この研究が中止されました。米ニューヨークのMedscape(メドスケープ)社が運営する医療情報サイト『Medscape Medical News』は、オランダ・アムステルダム大学のこの研究の広報担当者、Marc van den Broek氏の次のような説明を掲載しています。
▽オランダで中止と決定された根拠は、対象患者183人中93名にED治療薬が投与され、19人で胎内死亡となり、うち11人は肺高血圧症による肺疾患での胎内死亡でした。6人は新生児肺高血圧症が発症したものの、生存しているそうです。
▽一方、183人中90人がED治療薬の非投与群(対照群)に割り付けられました。このうち9人で胎内死亡となりましたが、いずれも死因が肺疾患という例は認められませんでした。新生児3人に、肺疾患の併発がありましたが、生存しています。
▽EUはED治療薬シルデナフィルを肺高血圧症治療薬としても承認しています。
▽アムステルダム大学の研究者は「シルデナフィルは胎児への治療効果が全く認められない」と指摘。同大学の他の研究者も「ED治療薬は母児ともに何ら有益性は認められない。しかも出生後致命的な副作用を来す」と警告しています。こうした実態を踏まえ、Marc van den Broek氏は「ED治療薬は、新生児の肺血管に影響し致命的な副作用を及ぼし胎内死亡を増加させる」と断言しています。
▽シルデナフィルは『バイアグラ』の製品名で知られ、米ファイザー社が世界で初めて発売しました。ただ、この研究にファイザー社は関与せず、『バイアグラ』のジェネリック(後発品)が使われています。
▽同様の研究は、カナダでも実施されており、オランダの研究者らは「世界で実施中の本研究は中止すべき」と訴えています。カナダの研究責任者でブリティッシュコロンビア大学のKenneth Lim医学博士は「オランダのニュースを重く受け止めている。カナダの患者21人は、現段階ではオランダの報告のような事実は確認されていないが、カナダでの成績を早急に検討し直す」と話しています。
▽『英国医師会雑誌(BMJ)』が2月、英国の研究ではED治療薬は妊娠の延長に効果がなく、治療効果も認められないと記載。さらにED治療薬の投与で胎児の血流の流れの悪化が認められたと指摘しました。近く、オランダの研究者らも今回の成績を医学雑誌に投稿するとしています。
▽さて、日本でも同様な研究が進められています。朝日新聞の記事は、この研究を紹介する話だったのですが、私はブログを書いて警鐘を鳴らしました。胎児はただでさえ低い血圧でお母さんのお腹の中で頑張っています。そこに血圧を下げるED治療薬を投与したら、どうなるかということは、「自明の理」だと思うのです。