2019年02月

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.133「中年から高年期の体重減少は痴呆による死亡を増やします」


▽海外で発表された論文が、医学知識がやや乏しい人たちに邦訳されて間違った情報として伝えられてしまうことがあります。それが、医師向けの記事だったら、“2次被害”につながりかねません。最近、医師向けのポータルサイトのニュース記事で偶然、そんな内容を発見しました。テーマは肥満と認知症の関連性です。

 

▽原文は英オックスフォード大学出版局が発行する『Age and Ageing』が1月9日に配信したオンライン版に掲載されています。投稿者は「London School of Hygiene and Tropical Medicine(略称LSHTM)のAlexander N. Allen氏です。LSHTMは歴史の古い(1899年創立)、国際保健と熱帯医学分野で世界でもトップクラスのロンドン大学の大学院です。

 

▽その学校の先生が研究の成果を医学雑誌がオンラインで公開しているのを、日本の医師向けのポータルサイトが取り上げるのは当然でしょう。ただ取り上げる以上、原文に忠実な邦訳が求められます。まして医師向けを標榜しているサイトならなおさらだと思います。

 

▽今回の講座はAlexanderN.Allen氏ら(Alexander N. Allen et al.)の研究成果を原文に忠実に訳しながら痴ほうと体重の関連性を書きます。まず、医学用語の説明から始めます。この研究は「コホート研究」と呼ばれています。特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡して研究対象の病気の発生率を比べて、要因と病気が発生する関連を調べます。「前向き研究(prospective study)」と「後ろ向き研究(retrospective study)」があります。前向き研究は、研究を立案して始めてから新たに生じる事象を調査します。後ろ向き研究は、過去の事象を調査します。

 

▽肥満は痴呆になりにくいとする仮説を証明すべくAllen氏らは、痴呆を伴う死亡と体重、BМI (体重を身長の2乗で割った数字です。肥満の目安になります)の関係を中年と高年で調べました。

著者(Allen)らは、ロンドンの中央政府職員の中年男性1万9019人を対象に1967-70年に行われた研究と1997年の再調査で生存していた6158人の身長と体重を測定しました。主な結果は次の通りでした。

 

1.中年期に測定された体重は認知症による死亡と弱い逆相関を示しました。(1kg当たりの)ハザード比(Hazard ratio)は0.98、95%信頼区間(Confidence interval)は0.97~0.99。 1kg当たり認知症による死亡を2%減少させました。しかしながら、身長もBМIも、認知症による死亡に関連しませんでした。体重とBМIは医療者が測定し、年齢、喫煙習慣、職業階層、婚姻状況で調整しました。

 

ここで「「ハザード比」と「95%信頼区間」を説明します。ハザード比は、結果(アウトカム)が発生する割合を表す相対的な指標、即ち「相対的な発生率」です。ハザード比が0.9なら、「10%減少」、1.5なら「50%増加」という意味です。一方、サンプリング(対象の全集団からの標本抽出)したデータの結果を全集団にそっくり当てはめると誤差が生じます。その誤差を計算したのが95%信頼区間です。信頼区間が1をまたぐと「有意差なし」、1よりも小さいと「リスク減少」、1より大きいと「リスク上昇」です。

 

2.一方、高年期の体重は認知症による死亡と強い逆相関を示しました。1kg当たりのハザード比は0.96(95%信頼区間は0.95~0.9)。1kg当たり認知症による死亡を4%減少させ、BМIは8%減少させました。

 

3.ベースライン(1967~70年に行われた研究)から再調査(1997年)までの30年間の体重減少は、認知症による死亡リスクの増加と関連し、30年間で1kg減少当たりの調整ハザード比は1.04(95%信頼区間は1.02~1.08)でした。

 

▽BМI減少との関連はより強く、1kg/m2減少当たりの調整ハザード比は1.01(95%信頼区間1.03~1.19)でした。高年齢のBMIは、中年期と比べ認知症による死亡と強く逆相関(BMIが高いと死亡が減る)し、中年期から高年へのBMIおよび体重の減少が認知症による死亡と強く関連しました。

 

▽この結果は、中年から高年期にかけての体重とBМIの減少は、痴呆の診断やその症状が出る前に観察されるという過去の研究を支持する結果でした。

 

▽日本語に直訳し医学用語の解説を間に入れると読み辛くなります。要は、Allen氏らは「中高年期の体重やBМI値の減少は、痴ほう診断や症状がおこる前におこる」と指摘しているのです。用心されてください。

 

 参考文献:Age and Ageing 2019;0:1-7 doi:10.1093/ageing/afy182

 








 

 

 

 

 


 Dr. 水谷の女性と妊婦講座 No.132 「低用量ピルは卵巣がんのリスクを大幅に減らします BMJ誌が掲載」


 ▽経口避妊薬のピルには女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンが含まれています。欧州ではプロゲステロンのみのピルも使われています。ピルが卵巣がんのリスクを下げることは、過去のブログ(講座No.76)で取り上げました。これとは別の研究ですが、新しいタイプのピルも卵巣癌のリスクを下げることが判明しました。このピルは「低用量ピル」と呼ばれ、エストロゲンの量が少なく、プロゲステロンのタイプも以前のピルと違います。この研究はBMJ誌が2018年の9月26日号に掲載しました。

 

▽英スコットランドのアバディーン大学応用健康科学研究所のリサ・アイバーセン 博士(Dr Lisa Iversen)らによると、このピルは服用を止めても、卵巣がんの予防効果は数年維持されるそうです。15歳-49歳のデンマーク人1.9百万人に「低用量ピル」とプロゲステロンのみのピルを服用してもらい、卵巣がんへの影響を調べました。内服成績は、デンマークの癌登録記録(1995年2014年)を調べています。

 

▽対象者を3グループに分類。第1グループは経口避妊薬の非使用者。第2グループは調査時点あるいは1年以内の経口避妊薬の内服者。第3グループは、1年以上前の経口避妊薬の内服者。

 

▽デンマークでは女性の86%が経口避妊薬を服用していましたが、対象者の年齢やその他の因子を分析した結果、卵巣がんは経口避妊薬の非使用者に最も多いことが明らかになりました。また卵巣がんの患者数は、ある時点ではエストロゲンとプロゲステロン合剤のピル内服者は劇的に少なくなっていました。ただプロゲステロ単独含有のピルは、合剤ピルと同じ程度の卵巣がんの予防効果はありませんでした。

 

▽アイバーセン博士らは「もしピルが卵巣がんの予防効果に役立つなら、21%の卵巣がんを減らすと推測できる」と述べています。

 

▽この研究は、「低用量ピル」でも、従来から言われていた「ピルは卵巣がんのリスクを低下させる」という事実を再確認したことを示しています。卵巣がんは、進行性がんになるまで発見されず、死亡例の多いがんです。そのため合剤ピルの内服は、がん予防の一助として大切なことと思われます。

 

▽卵巣がんは、診断が遅れがちになり、長期予後が悪いため、予防の大切さは論を待ちません。臨床医は、患者から避妊のためにピル内服の相談を受けた際は、卵巣がんが減少することも、大いに考慮して患者に勧めるべきでしょう。

 

▽この研究は、米国のABC News、HealthDay、 Newsweek 英国のTheGuardianといった一般の大手マスコミも大々的に報道しています。

 

※こちらの方URL:https://ja.onlinemedicineinfo.com/birth-control-pills-may-protect-against-some-cancers-51483の記事も参考にしてください。

 

 

 


 Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.131 HRTは血栓症リスクの増加要因か? 臨床医泣かせの論文

 

 ▽今回の講座は難しいお話です。なるべく分かり易くするため、専門用語の説明も入れるので長くなります。お茶でも飲みながら、メモを片手にゆっくりとお読みください。

 

▽さて英国にBМJ(ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル、英国医師会誌)という世界でも最高水準の医学雑誌があります。その雑誌に英国ノッティンガム大学のYana Vinogradova氏らが「ホルモン補充療法(HRT)の静脈血栓塞栓症(VTE)リスクは、投与する製剤で異なる」とする論文を投稿、今年の19日号に掲載されました。(文献1)HRTによるVTEの発症リスクは、経口薬を投与した場合が全般に高く、経皮吸収薬を使った場合は関連がないと指摘しています。

▽詳しい内容を紹介する前に、まず統計用語の「コホート研究」と「ハザード比」を説明します。

 

▽コホート研究とは、特定集団の人達を対象に、その人達の健康状態と環境などいろんな要因との関係を長期間調べ続けます。「前向き」と「後ろ向き」があります。今回の研究は、過去のデータベースを調べているので「後ろ向き研究」になります。

 

▽次にハザード比は、結果(アウトカム)が発生する割合を表す相対的な指標、即ち「相対的な発生率」です。ハザード比が0.9なら、「10%減少」、1.5なら「50%増加」という意味です。コホート研究では、ハザード比はオッズ比で表します。

 

▽一方、サンプリング(対象の母集団からの標本抽出)したデータの結果を全()集団にそっくり当てはめると誤差が生じます。その誤差を計算したのが95%信頼区間です。この信頼区間が1をまたぐと「有意差なし」、1よりも小さいと「リスク減少」、1よりも大きいと「リスク上昇」となります。

 

 

▽少し頭を休めてください。いよいよ本題です。この論文は、たくさんの症例を読破して検討してまとめた結果を、BMJに投稿し掲載された論文です。ただ私には理解できない論文の問題点があります。以下、箇条書きにして疑問点を指摘します。

 

1.論文は、後ろ向きコホート研究(統計上、同一の性質を持つ集団の比較研究)です。このためVTEという急激な変化の病態を調べた過去の患者記録のみで、どこまで臨床現場の実態を読み取ることが出来るのでしょうか。臨床の現場のリアルな変化を過去の記録だけでどこまでその真実に迫る事ができるのでしょうか?私は長く臨床に携わる中で疑問を禁じ得ません。

2.VTE症例はコントロール(対照)群と比べて合併症が多いのです。合併症の有無は、VTE症例56%:対照群36%とVTE症例の合併症が圧倒的に多いのです。その合併症をVTE群と対照群で比較します。カッコ内は前がVTE症例、後ろを対照群として書くと、癌(21%:7%)、心血管疾患(13%:9%)、慢性腎疾患(8%:5%)となっています。

 

直近の治療が必要だった疾患も、VTE症例は対照群と比べて多いのです。疾患は呼吸器または尿路感染症(20%:10%)、骨盤骨折や手術(3.4%:0.3%)、何らかの疾患で入院(7%:%)、抗うつ剤内服(24%:14%)としています。

 

このデータを臨床医の目で見れば、これらの項目がすべてVTEの誘因と関連するのは一目瞭然です。これだけ対照群との背景差があれば、明確な因果関係を指摘するのは出来ないと思います。

 

3.論文は、交絡因子を強調し、それを統計学の方法で補正したとしています。

 

まず、交絡因子を説明します。交絡因子は、想定される原因(HRT)と結果(VTE)の双方に関連する因子です。交絡因子が、原因と結果の中間に位置することはありません。

 

A(HRT)がC(VTE)の原因と想定されるとき、交絡変数BはAを原因として起きません。またBによって常にCが起こるとは限らないのです。

 

論文は、多数の交絡因子を挙げていますが、上記の合併症が交絡因子として最重要です。

 

HRTと交絡因子(合併症など)、交絡因子とVTEの関係によって、HRTとVTEの関係は過大評価あるいは過小評価されます。その程度は、交絡因子の原因(HRT)と結果(VET)の関係によって規定されます。

 

即ちHRTと交烙因子の間に強い関係が存在しても、交絡因子がVETに軽度の影響しかなければ、HRTとVETの関係にはほとんど影響しません。逆も真なりです。

 

両者(交絡因子とVET)が強く関係しているなら、交絡因子の影響は当然大きくなります。この場合、交絡因子の存在は、95%信頼区間やハザード比も狂わせ、首をかしげる結果になります。

 

4.経皮HRTでVETリスクはないとする結論は、HRTは経皮投与ならば安全という意味になります。血栓リスクがなく、効果があるならば、“有用な治療法”ということになると思います。

 

経口と経皮でどうして差があるのでしょうか。薬剤が肝臓を初めて通過する際の効果差と言われていますが、本当のことはよくわかっていません。

HRTで使用されるエストラジオールの場合、非経口投与の方が血栓症リスクが低いという統計的結果が過去に発表されました。ただ、さほど大きな差はないようです。

 

▽VETはまれな疾患です。アジア人では発症頻度が低いとされています。Kumasakaらの疫学的調査によると,1996年の我が国のVET発症数は1年間で3,492人(95%信頼区間3,280 -3,703人),人口100万人あたりに換算すると28人と推定されます。

 

別の疫学調査では、我が国の2006年のVET発症数は7,864人です。10年間で2.25倍 に増加していますが、人口100万人あたりに換算すると62 人と推定されます。

 

この数字を米国の人口100万人あたり500人前後のVET発症数と比較すると,2006年の我が国の人口100万人あたりの発症数は米国の約1/8ということになります。血栓症は、日米間でそもそも大きな隔たりがあるのです。

私のブログで過去HRTのメッリト・デメリットに関して度々取り上げてきました。直近では私のブログNo113です。(文献2)

基礎医学の医師が、臨床の現場を全く理解せず、過去の記録のみから臨床現場を惑わすのは極めて問題です

 

文献1Yana Vinogradova,Carol Coupland,Julia Hippisley-Cox BMJ 2019;364:k4810/doi:10.1136/bmj.k4810

     2.JoAnn E. Manson et al.   JAMA. 2017;318(10):927-938. doi:10.1001/jama.2017.11217

 

 

 


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