▽日本の少子化が深刻化する中、海外のBBC放送(英国放送協会)が3月4日、「昨年8月、日本で体重わずか268gで生まれた男の赤ちゃんが退院した。男の子としては世界で1番小さく生まれた赤ちゃんは、順調に成長したようだ」と大々的に報じました。

 

 ▽そのニュースを続けます。「妊娠24週に緊急帝王切開で生まれた赤ちゃんは、両手にすっぽり収まるほど小さかった。赤ちゃんはその後、5カ月にわたり集中治療室(NICU)で育てられた。今では自力でミルクが飲めるようになり、体重も3200gにまで増えた。そして当初の出産予定日の2カ月後にあたる2月20日、入院先の慶応義塾大学病院を退院した」。

 

 

 

 ▽BBCの取材に対し、担当した有光威志医師は『小さく生まれた赤ちゃんでも元気に退院できる可能性があることを示したかった。母親は、男の子が生きていられるのか分からなかったので、こんなに大きくなって率直に嬉しいと語った』と話しています。

 

 ▽米アイオワ大学のデータベースによると、世界で生まれた超未熟児の中でも今回の男の赤ちゃんは退院できた1番小さな赤ちゃんだそうです。ちなみに、これまで世界で1番小さかった男の子はドイツで2009年に274gで生まれた赤ちゃんだったそうです。ただ世界最小の女の子は、同じドイツで2015年に252gで誕生した赤ちゃんとされています。

 

 ▽慶応義塾大学病院によると、1000g未満で生まれた超低出生体重児の救命率は日本では約90%ですが、300g未満の場合は50%程度にまで低下します。特に男の子の生存率は、女の子よりも低いようです。明らかな理由は分かっていませんが、男児の肺の成熟が遅いことが関係しているとの見方が医療従事者の間にあります。

 

 ▽日本の未熟児出産は、1976(昭和51)年1月に遡ります。鹿児島市立病院で5卵生の赤ちゃんが誕生しました。五つ子は5月、日本大学板橋病院(東京都板橋区)にヘリコプターで搬送されて転院。NICU(人工保育器)で成長し、全員が9月に無事退院しました。お父さんがNHK政治部の記者だったこともあり、全国的に大きな話題になりました。新生児医療の黎明期でした。

 

 ▽その後も新生児医療は発達し続けました。その結果、日本は、未熟児で生まれた赤ちゃんがほとんど死なない国になりました。今回のケースは、新生児医療のレベルが世界に胸を張れるレベルにあるのを確認したと言えましょう。

 

 ▽しかしながら、未熟児出産の増加で、それまでになかった問題が頻発しています。小さく生まれた赤ちゃんが、全て健常に発達し、成人になれるわけではないのです。今回の赤ちゃんのように在胎期間が極端に短い赤ちゃんには、今後多くのリスクが待ち受けているのです。私たちのNPО『妊娠中毒症と切迫早産の胎児と母体を守る会』は、この問題を主なテーマの1つとして積極的に取り上げてきました。直近は、講座127(http://p-lap.doorblog.jp/archives/54145156.html)

で取り上げました。

 

 ▽何故、このような赤ちゃんが生まれなければならなかったのか。私たち産婦人科医は、そのことこそ真剣に考えるべきではないでしょうか。未熟児出産の原因の多くは、妊娠高血圧症や切迫早産なのです。今、新生児医療が発達したお蔭で、胎児がお母さんの子宮で育つ期間(妊娠期間)が短くても、胎児を取り出して"人工子宮"(人工保育器)に移すと生存出来ます。

 

 ▽産婦人科医として周産期医療に半世紀近く携わってきました。誤解を恐れずに言います。産婦人科医は、人工子宮が発達したことで自らの危険を回避して早く娩出(分娩)させ、"責任逃れ"するようになっている、と私の目には映ります。胎児にとって最も快適なゆりかごは、お母さんの子宮であることは論を待ちません。正常分娩こそが、母子にベストなのです。

 

 ▽世界一最小で生まれた赤ちゃんを人工保育器で標準体重まで育ててお母さんの手に渡す。確かに素晴らしいことですが、赤ちゃんのその後を考えると、一人の産婦人科医として手放しで喜ぶ気持ちにはなれません。

 

 ▽私たち産婦人科医の仕事は、未熟児出産につながる妊娠高血圧症や切迫早産の治療方法を一刻も早く確立し、子宮の中ですくすくと育った赤ちゃんをお母さんに抱いてもらうことではないでしょうか。