▽本年3月と5月、米国と英国の一流医学雑誌にHRT(エストロゲンとプロゲステロン投与療法)が認知症を改善・予防する否か、全く異なる報告が掲載されました。さて皆さんは、どちらの報告を信じますか?
▽今年5月2日の米国『Health Day New』が、女性ホルモン(エストロゲン)が分泌されている期間(曝露期間)が、短いほど認知症になり易いという記事を掲載しました。内容は次の通りです。
▽初経年齢が遅い、あるいは、閉経年齢が早いなどでエストロゲンに曝露する期間が短いほど、女性は認知症を発症するリスクが高まる可能性がある。米カイザー・パーマネンテ研究部門のPaolaGilsanz氏らの研究で明らかになりました。(文献1)
▽米カイザー・ヘルスケアシステムに1964-1973年の診療録データがあります。1996年に登録されていた女性1万5,754人を対象に、エストロゲン曝露期間と認知症リスクとの関連を調べました。
対象女性には、中年期(平均年齢で51.1歳)の時点で、初経(初潮)年齢と閉経年齢、子宮摘出術の施行歴を尋ねています。
また認知症の診断歴については、1996年から2017年までの診療録から抽出しています。追跡期間中、対象女性の42%が認知症と診断されていました。
▽解析の結果、初経年齢が平均で13歳だった女性(群)と比べて、16歳以降だった女性(群)では認知症リスクは23%高いことが分かりました。
同様に、自然閉経を迎えた年齢が47.4歳未満だった女性(群)では、それ以降だった女性(群)と比べて、認知症リスクは19%高いことも明らかになりました。
さらに妊娠可能な期間が34.4年未満だと、認知症リスクは20%高くなりました。子宮摘出術を受けると、認知症リスクが8%高まったそうです。
▽Gilsanz氏らは、この研究結果は、一生のうち女性ホルモンのエストロゲンに曝露する期間が短いほど認知症になりやすいとする過去の研究を裏付けるとしています。例えば、試験管レベルの研究や動物実験では、エストロゲンが脳細胞の回復や修復に働く可能性が示唆されているとしています。
▽今回の研究は観察研究にすぎないため、Gilsanz氏は「エストロゲンへの曝露またはその欠乏が、認知症リスクと関連することを証明するものではない」と説明。そのうえで「認知機能を保つため、女性にホルモン療法を行うべきという意味ではない」と付け加えています。
▽Gilsanz氏によると、女性は男性よりも認知症リスクが高いとされ、例えば、65歳時点の認知症の発症率は女性の25%に対し男性は15%とされています。
そうした事実を踏まえると、“エストロゲンが脳を保護する可能性があれば、なぜ女性は男性よりも認知症リスクが高いのか”という疑問が生じます。その理由を説明する一つの可能性として、Gilsanz氏は「閉経後の急激なエストロゲンの欠乏が、数年後の女性の認知症リスクに影響しているのではないか」との見解を示しています。
▽この見解から、私は閉経後のなるべく早い時期からのホルモン補充療法(HRT)の意義が示唆されていると考えています。事実、過去のいくつかの研究によって、HRTはアルツハイマー病のリスクに対し防御的な作用を有する可能性が示唆されています。この講座でも、このような趣旨のことを度々書いてきました。
▽これに対し、今年3月、英国の医学雑誌に閉経後のホルモン補充療法でアルツハイマー症リスク増加するとする論文が掲載されました。(文献2)
この論文の著者は、前回の講座No.139 「ホルモン補充療法(HRT)は高齢化に伴う痴呆を減少させます」で取り上げたフィンランド・ヘルシンキ大学のHannaSavolainen-Peltonen氏です。以下はその概要です。
▽閉経後女性へのHRT(ホルモン補充療法)では、エストロゲンと併用する黄体ホルモン製剤の種類や開始年齢にかかわらず、長期投与によりアルツハイマー病のリスクが増大する可能性を示しました。ただし、膣内エストロゲン投与によるHRTではこのようなリスク上昇はなかったとしています。
▽エストロゲンは、内服でも、膣内投与でも、女性ホルモンとして全身に働きます。この事実に照らすと氏の論文は不合理です。海外の一流医学雑誌にいくら掲載されていても、私は認めることは出来ません。
▽Savolainen-Peltonen氏らの研究は、フィンランドの約17万人の閉経後女性の症例対照研究で膨大な数で検討しています。1999-2013年のフィンランドの全国的な住民薬剤登録から、神経科医または老年病医からアルツハイマー病の診断を受けた閉経後女性8万4,739例のデータを抽出。対照として、フィンランドの全国的な住民登録からアルツハイマー病の診断を受けていない閉経後女性8万4,739例のデータを分析、比較しています。
▽アルツハイマー病と診断された女性では、8万3,688例(98.8%)が60歳以上、4万7,239例(55.77%)は80歳以上でした。アルツハイマー病の女性のうち5万8.186例(68.7%)はHRTを受けておらず、1万5.768例(18.6%)が内服療法(エストロゲン単剤、エストロゲンと黄体ホルモン製剤)を、1万785例(12.7%)が膣内エストロゲン療法を、それぞれ受けていました。
▽アルツハイマー病群は対照群に比べ、内服療法を受けている女性の割合が有意に高く(18.6% vs.17.0%、p<0.001)、膣内エストロゲン療法を受けている女性の割合は有意に低かった(12.7% vs.13.2%、p=0.005)。
両群間で、内服療法の施行期間に有意な差はありませんでした。内服療法により、アルツハイマー病のリスクは9-17%増加しました。内服療法のうちエストラジオール単剤とエストロゲン+黄体ホルモン製剤併用でリスクに差はありませんでした。
▽一方、治療開始年齢が60歳未満の女性では、投与期間が10年以上に及ぶと、リスクが有意に上昇しました。HRT開始年齢はアルツハイマー病のリスク上昇に関係ありませんでした。さらに膣内エストロゲン療法の場合、リスクへの影響は認められませんでした(OR:0.99、95%CI:0.96~1.01)。
▽Savolainen-Peltonen氏らは、HRTを受けている70-80歳の女性1万人当たりでは、受けていない場合に比べ、アルツハイマー病の診断が年9-18件多くなり(発症率:105件/1万人年)、特に投与を10年以上継続している女性ではリスクが高いと推測されるとまとめています。
そのうえで、ホルモン補充療法の使用者には、アルツハイマー病の絶対リスクの上昇は小さくても、長期使用に伴うリスクの可能性はあると伝えるべきだろうとしています。
▽前回の講座No.139を読んでいただくと分かりますが、Savolainen-Peltonen氏は、HRT施行者のAD(死亡)減少は、HRT継続期間5年未満では認められず、5年以上で軽度(15-19%)に減少したと述べています。Savolainen-Peltonen氏は、アルツハイマー病による死亡を調べて減少したと判断しているのです。
ホルモン補充療法の施行期間とアルツハイマー病発症に関する氏の矛盾した見解は、皆さんなら容認できる範囲でしょうか…。
※AD(死亡):アルツハイマー病による死亡
文献1.「Neurology」3月27日オンライン版
文献2. BMJ
2019;364:l665 |doi: 10.1136/bmj.l665