2019年07月

Dr.水谷の女性と妊婦講座No.146 「 『妊娠高血圧症の予防に食物繊維が豊富な食事 』  本当でしょうか?」

米HealthDay newsが7月31日のウェブ版で、 妊娠中の女性は、食物繊維が豊富な食事を取ることが、妊娠高血圧症候群(HDP)の予防に有益とする研究結果を、豪シドニー大学のRalph Nanan氏らが発表した、と報じました。英国の有名な総合科学雑誌「Nature」の姉妹誌「Nature Communications」の7月10日付オンライン版を転載しています。(文献1)

 

Nanan氏らは、妊娠中は、腸内細菌が産生する特定の代謝産物を増やすことが、正常妊娠の維持に有用と指摘。欧米の食物繊維が乏しい高度加工食品の食生活が、ますます主流になっていることが、HDP発症に関係している可能性も示唆し、HDPの予防に繊維成分の摂取を勧めています。

 

▽カルシウムの摂取が、HDP発症を予防することは古くから研究され、広く知られている事実です。しかし食物繊維がHDPを予防するというのは、HDPの研究に長年取り組んできた私にも初耳でした。

 

▽興味津々で、「Nature Communications」が掲載しているNanan氏らの論文を読んでみました。残念ながら、私には難しすぎて、よく分からない、というのが率直なところです。

 

▽ただ気になる点がいくつかあります。まず、論文の冒頭です。HDPは、免疫異常が疾患の基本である、と言い切っています。

産婦人科医なら、誰でも知っていますが、HDPは古くから原因不明の妊娠合併症として認識され、いまだ未解決のテーマなのです。

▽それを、「HDPは免疫異常疾患」と簡単に断定されてしまうと、私だけでなく、多くの産婦人科医のみならずHDP研究者は困惑してしまうでしょう。

 

▽産婦人科医にとって、HDPは、象の体の一部を触って分かったかのような錯覚をおこし、これがHDPだと言っているような疾患と言われてきました。尻尾を触り、鼻を触り、お尻を触り、それぞれの研究者、医師が、これこそHDPの本態だと発表してきたのです。

 

▽豪州の論文は、難しい免疫調節因子を測定して、研究をHDPと関連付けています。HDPは妊娠時の高血圧症で、分娩後は急激に治癒します。即ち胎児が娩出されると、たちどころに治癒するのです。重症のHDPでは、急激な血圧上昇で母体と胎児双方の命が危険にさらされます。

 

▽このため現状では、産婦人科医は妊娠期を問わず分娩させてしまい、その後は小児科医に任せています。未熟な新生児が、人工保育器で育てられて健常児に成長、退院する様子がテレビによく流されています。あの未熟児たちは、妊娠高血圧症でやむを得ず、母体から取り出した子供たちなのです。

 

▽免疫異常だけでは、このような急激に起こる血圧上昇の説明は出来ません。それでは、Nanan氏らは、免疫異常とHDPを結びつけるのに、どんな論理を組み立てたのでしょうか。

 

▽高繊維食が、腸内細菌叢を変化させて、心血管疾患を予防すると結論づけています。手短に言うと、高繊維食が、腸内細菌叢を変化させる結果、腸内に酢酸が増加します。その増加した酢酸が、血圧を降下させる、と主張しているのです。腸内の酢酸増加が血圧を下げるとする報告(文献2)を引用して彼らの論理を組み立てています。

 

▽私は過去、多数の重症なHDP患者の治療に携わてきました。Nanan氏らの論理は、よく言う 『風が吹けば、桶屋がもうかる 』という類の話に思えます。ただ少し手短すぎるので、興味のある方は、Nanan氏らが免疫異常とHDPをリンクさせている論文の記述(文献1,2)をお読みください。

 

▽さて、講座No.141で事前報告していましたが、8月2-3日に岐阜市の岐阜大学サテライトキャンパスで第24回日本病態プロテアーゼ学会学術集会in岐阜が開かれます。

この席上、新しい理想的なHDP治療薬の機序が発表されます。胎盤の酵素を活用する治療薬です。

この酵素は、カルシウムで強力に降圧作用を増強させます。高繊維食よりも、カルシウム摂取の方が、よほど理にかなったHDP予防法になります。やっと発表できる段取りになりました。ぜひ、注目してください。

 

文献1:Decreased maternal serum acetate and impaired

fetal thymic and regulatory T cell development in

preeclampsia https://doi.org/10.1038/s41467-019-10703-1

文献2:High-Fiber Diet and Acetate Supplementation Change the Gut Microbiota and Prevent the Development of Hypertension and Heart Failure in Hypertensive Mice. Circulation. 2017 Mar 7;135(10):964-977. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.116.024545. Epub 2016 Dec 7.


Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.145「130/80mmHg以上を高血圧とする新基準は正しい」

▽高血圧の定義は従来140/90mmHg 以上とされていましたが、最近、国の内外で130/80mmHgに変更されました。このことが一部で混乱をもたらしていますが、変更は正しいことが明らかになったとする論文が発表されました。それをご紹介します。

収縮期血圧は、より重要なリスク因子でしたが、収縮期も拡張期血圧も、ともに独立した有害心血管イベント*1)のリスク因子です。高血圧の定義が従来の140/90 mmHg以上であれ、新基準の130/80mmHgであれ、収縮期および拡張期血圧ともに独立した有害心血管イベントという事実は変らず、高血圧の基準を厳密にした新基準は正しい変更であることが、一般外来成人患者130万例を対象に実施されたコホート試験(*2)で示されました。

▽米国カイザーパーマネンテ北カリフォルニア(KPNC)のAlexanderC.Flint氏らが分析した結果です。米医学雑誌NEJM(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)が7月18日号に掲載しました。(文献1)

▽研究は、KPNC(加入者はカリフォルニア州北部を中心に400万人超)の会員データを用いて、一般外来成人患者を対象としました。

▽変量Cox生存分析(*3)によって、8年間の収縮期・拡張期高血圧の有害心血管イベントへの影響の大きさを調べました。解析では、人口統計学的特性と併存疾患について調整しました。

▽収縮期・拡張期高血圧は、それぞれが有害心血管イベントの独立した予測因子になることが示されました。収縮期高血圧は、140mmHg以上の場合で、zスコア(*4)上昇におけるHR(*5ハザード比)は1.18(95%信頼区間[CI]:1.17-.18)でした。拡張期高血圧については、90mmHg以上の場合で、zスコア上昇におけるHRは1.06(同:1.06-.07)でした。

▽拡張期血圧と有害心血管イベント発症にはJカーブ(*)の関連性が認められました。この現象は、年齢や他の因子が関連しますが、特に拡張期血圧がより低い人の高血圧症で顕著でした。

▽つまり拡張期血圧が低い人の高血圧には要注意ということです。この研究対象者では、心臓冠動脈疾患などが少ないのですが、有害心血管イベント発症とJカーブの直接の関係は、心臓冠動脈疾患患者での重要性が示唆されました。

▽実際、血圧管理は収縮期のみでよいという意見があります。しかし一方でイベントに影響するのはそれぞれが別々なため、拡張期血圧も血圧管理に重要なのです。

 

文献1Flint AC, et al. Engl J Med. 2019;381:243-251.

*1.主要心血管イベント:心血管死や非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中からなる複合病態。

*2.コホート研究は疫学手法の1つ。特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡。研究対象疾病の発生率を比較し、要因と疾病発生の関連を調べる。

*3. Cox回帰分析(Cox Regression Analysis)は、患者の「生存/死亡」などのイベントが発生するまでの期間を分析する複数の説明変数に基づいた生存時間分析の手法。要因の影響の大きさは、ハザード比(HR)やその信頼区間によって評価することができます。

*4.Z スコアは、各データ値の平均値からの差を標準偏差で割った数値。スコアがゼロの場合、平均と完全に一致しています。

*5.ハザード比(HR):一方の群を基準にして他方のアウトカム発生の確率が何倍高いかを示します。例えば、100対1のアウトカム発生確率を基準とすれば、100対2のアウトカム発生確率が2倍高い場合、ハザード比は「2」となります。

*6.Jカーブ効果は、短期的な期間、または、ある閾値までは、ある出来事から最終的に予想される変化とは逆方向に変化することを表します。そのグラフの形が「J」の字に似ていることから名付けられました。


Dr.水谷の女性と妊婦講座 No144 「子宮頸がんワクチンの重要性」

 過去のブログ115で「子宮頸がんワクチン中止継続を求める「全国薬害被害者団体連絡協議会(薬被連)」は、薬害根絶のための要望書を厚生労働大臣に手渡した。接種後の健康被害が報告されている子宮頸(けい)がんワクチンの積極的勧奨の中止継続や、医薬品副作用被害救済制度の充実などを求めた事を述べました。

薬被連が如何に愚かな要望を国にしたのかを明らかにする論文が最近出ましたのでご紹介します。

ヒトパピローマウイルス(HPVワクチン接種が世界で開始されて10年以上が経過し、現在、99の国と地域で接種プログラムが導入されております。この多数例のワクチン接種の検討結果がLancet誌オンライン版2019626日号に報告されました(文献)

その内容です。HPVワクチン接種プログラムは、女性のHPV感染および子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)*Grade2(中等度)以上の異形成(2+)を抑制し、男女の肛門性器疣贅**を減少させることを示す明らかな成績が、カナダ・ラヴァル大学のMelanie Drolet氏らによる6,000万人以上を最長8年間追跡したデータのメタ解析***の検討結果からです。

研究グループは、14ヵ国(高所得国)の最長8年時のデータを解析しました。その結果一般集団において、ワクチン接種前後の期間で、1つ以上のHPVに関連する病変1.HPV性器感染、2.肛門性器疣贅の診断、3.子宮頚部の組織検査でCIN2+の頻度が明らかに減少する事が明らかになりました。

 

ワクチン接種後58年の期間に、HPV 16/18 **の有病率は1319歳の女性で83%(RR0.1795%信頼区間[CI]0.110.25)、2024歳の女性では66%(0.340.230.49)、それぞれ有意に低下した。

そのほとんどがワクチン接種を受けていない2529歳の女性では、14年の期間ではHPV 16/18型の有病率に有意な差は認めなかった(0.860.691.07)のに対し、58年後には37%(0.630.410.97)有意に低下しており、集団免疫効果が示唆された。

また、ワクチン接種後58年の期間に、HPV 31/33/45型の有病率は1319歳の女性で54%(RR0.4695CI0.330.66)有意に低下したが、2024歳の女性では有意な差はみられなかった(0.720.471.10)。20歳以下の若い人にはワクチンが対象としていない
子宮頸がん発生に関連するHPV型の感染も減らしているのです。

 肛門性器疣贅の診断は、ワクチン接種後58年の期間に、1519歳の女性で67%(RR0.3395CI0.240.46)、2024歳の女性で54%(0.460.360.60)、2529歳の女性では31%(0.690.530.89)、それぞれ有意に低下した。また、ワクチン接種を受けていない1519歳の男性でも48%(0.520.370.75)、2024歳の男性では32%(0.680.470.98)、それぞれ有意に低下しており、集団免疫効果が示唆された。

 ワクチン接種後59年間に、CIN2+1519歳の女性で51%(RR0.4995CI0.420.58)、2024歳の女性では31%(0.690.570.84)、それぞれ有意に低下した。これに対し、同時期に、そのほとんどがワクチン接種を受けていない2529歳の女性では、CIN2+19%(1.191.061.32)有意に増加し、3039歳の女性でも23%(1.231.131.34)有意に増加した。

子宮頸がんの原因(高リスクのHPV感染)とその病変(CIN2+)の双方が有意に減少したことから、HPVワクチン接種の実施により、子宮頸がんが予防されたことを示す強固なエビデンスがもたらされたと著者らは述べています。また複数集団へのワクチン接種と高い接種率によって、より大きな直接効果と集団免疫効果がもたらされた事も指摘します。

 

 

文献Drolet M, et al. Lancet. 2019 Jun 26. [Epub ahead of print]

 

 

*CIN:子宮頸部を覆っている薄い表面の組織の細胞に異常な細胞が増殖する状態。この異常な細胞悪性(がん)ではないが、のちにがん化する可能性がある。

**肛門性器疣贅:HPVの感染でおこる性器にできる、目で見て確認しやすいいぼ。

 

***メタ解析:複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のことである。メタ分析メタ解析とも言う。

HPV 16/18型* **子宮頸癌発生に関連するHPV13種類(16183133353945515256585968)であるとされハイリスク型と呼ばれています。このほかに良性病変である疣やコンジローマの原因となる2種類の型(611)の感染が日常の臨床上で問題となります。


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