2019年11月

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.154「ピル(経口避妊薬)を服用すると血栓症の危険があるのでしょうか?」


 ▽ ACOG(米国産科婦人科学会)の臨床委員会がこのほど、ピルは処方箋なしで服用できるようにすべきだと報告し、その論文をACOGの公式雑誌に掲載しました。(*1)。実はACOGは2012年にも経口避妊薬は薬局で販売し、処方箋なしでも買えるようにすべきとする声明を出しています。それを今回、どうしてダメ押ししたのでしょうか。公式雑誌が掲載している論文を意訳して概要を紹介します。


▽『ピルを処方箋なし、年齢制限なしで服用可能にすることを学会(ACOG)として見解を支持します。これにより、ピルの服用継続者が増加し、予期せぬ妊娠が減ることが期待されます。ピルによる血栓症のリスクは、妊娠時や分娩後の産褥期に比べるとはるかに低いのです。内診での子宮卵巣のチェックや頸がんの検査、性感染症といったスクリーニングは、ピルを服用し始める前に必要ありません。これらのスクリーニングが出来ていないからといって、ピルを内服できないことにはならないのです。ピルを処方箋なしでも服用すべきですという勧告の目的は、ホルモン療法による避妊の有用性の認識を高めることにあります。決して手軽さだけを追求しているのではないありません。現在、ピルを医師に処方してもらって服用することは、ピルによる避妊を普及させるステップです。ピルを処方箋なしでも服用することが、究極のピルによる避妊になるのです』。


▽もちろん、米国と日本では少し事情も違ってきます。ただ重要なのは、ピルを処方箋なしでも服用を勧めている、その根拠です。果たして副作用は大丈夫なのでしょうか?


▽まず安全性です。痛み止めなどに使う抗炎症剤のアスピリンやイブプロフェンは、処方箋なしでも広く使用されています。これらの薬剤には少量でも消化管出血などの副作用があることが知られている。風邪薬に使われるアセトアミノフェンも肝機能障害の副作用が起こる可能性があります。


▽さてピルですが、血栓症の副作用が心配されています。女性にはまれな疾患ですが、妊娠中や加齢に伴って可能性が高くなります。米国では、黄体ホルモンのみのピルも使われていますが、このタイプのピルでは血栓症はほとんど起こりません。


▽日本で使用されているピルは、卵胞ホルモンと黄体ホルモンの合剤です。卵胞ホルモンは肝臓から血液凝固を進めるタンパクを増やすため、少し凝固し易くなります。そのためピルの服用者では、1万人当たり3人-9人に血栓が起こるとされています。


ただ、この頻度は、妊娠時の血栓の発症頻度(1万人当たり5人-20人)や産褥期(分娩後12週間)の血栓の発症頻度(1万人当たり40人-65人)と比べると、格段に低いのです。


▽健康な閉経前の女性では、心血管疾患即ち脳卒中や心筋梗塞などの発症頻度は低いのですが、ピルが心血管疾患リスクを高めるかどうかはハッキリしていないのです。


▽肥満の女性は、ピルを服用すると血栓のリスクが高くなるとされていますが、それでも血栓の発症頻度は、妊娠時や産褥期と比べると低いのです。肥満は心血管疾患即ち脳卒中や心筋梗塞などのリスクが高くなりますが、ピルの服用による血栓症の発症頻度では肥満女性と非肥満女性との差は明らかではありません。


▽つまり、肥満だからといってピルを服用すべきではない、とすることにはならないのです。


▽日本では、インターネット上でピルと血栓の関連性に関する警告がよく掲載されています。また外科医や内科医もピルと血栓の関連性を警告し、私たち産婦人科医は大変迷惑をこうむることが多々あります。残念なことに産婦人科医の中にもピルと血栓の関連性を過度に恐れ、その旨を患者に話す医師もいると聞きます。


▽ACOGの臨床委員会は「OTC避妊薬(街中の薬局で販売中の避妊薬)へのアクセスを年齢で制限する医学的根拠はない。避妊薬の販売に関する規制を見直す必要がある。さらにOTC避妊薬は健康保険でカバーすべきだ」と勧告しています。

▽「ACGOが2012年に声明を発表した後も、経口避妊薬は処方箋なく入手出来ない現状が続いている」と米NBCテレビは指摘しています。

 

*1.ACGO,et al. Obstetrics&GyneCology.2019; 134:e96-e105.

 

 

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.153「降圧剤ニフェジピンは、早産治療薬として安全なのだろうか」


前回のブログで、胎児は胎盤の先端の、極めて低い血圧の毛細血管に頼って呼吸と排泄を続けている事を述べました。降圧剤を妊婦に投与すると、母体の血圧は下がります。ところが、同時に胎児の血圧も下げてしまい、胎盤の極めて低い血圧の毛細血管で母体から酸素をもらっている胎児はむしろ酸素供給不足となり、苦しくなることが十分考えられます。降圧剤の中でもニフェジピンが最も強く胎児への影響が表れる事が、妊娠高血圧症に降圧剤を投与した最近の論文からも明らかになっています。文献1.この論文は、重症妊娠高血圧症(収縮期圧160mmHg以上あるいは拡張期圧110mmHg以上)妊婦に降圧剤(ニフェジピン、ラベタロールとメチルドパー)3剤を投与し、降圧効果と胎児への影響を見た論文です。降圧効果はニフェジピンが最も優れていましたが、新生児のNICU(新生児救急室)への入院率が他剤よりはるかに高率であったとしています。この成績を皆さんどのように判断されますか?私はニフェジピンが最も胎児を苦しめていると理解します。

胎児が苦しくなるとは、具体的にどのような変化が起こるのでしょうか?酸性血症となるのです。正常人の動脈血液は水素イオン濃度 (pH) 7.357.45の間に保たれているが,種々の原因で pH 7.35以下になっている状態をいます。ところが、胎児が酸性血症になると、胎児はその苦しさからバソプレッシンというホルモンを極端に増やすという事も明らかになっています。文献2

私の講座11をお読みください。https://livedoor.blogcms.jp/blog/plap/article/edit?id=38824559バソプレッシンは血管を収縮させ血液循環を悪くする(尿量を減らす) のみならず、子宮収縮作用もあるのです。このようなニフェジピンの作用を考えると、果たしてニフェジピンが

早産の治療効果があるのか?極めて疑問に思います。

私の患者さんで、その方は、一旦は地元銀行に就職されたのですが、一念発起会社をやめて、医師を目指して勉強され日本の医学部を目指すも叶わず、オーストリアの医学部へ入学もうじき卒業する人がいます。将来は日本で医師になる希望をもって頑張っています。先日その方がクリニックを受診されました。私が、その方にオーストリアの医学部では早産治療はどのように教えてもいますか?と聞きましたら、ニフェジピンですと答えられました。コクラン共同計画*に以下の記述があります:ニフェジピンは子宮収縮抑制薬として頻繁に用いられる。コクラン共同計画は硫酸マグネシウムやβ遮断薬(リトドリンなど)と同様に副作用が少ないと結論した。URL:https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD002255.pub2/full

その一方で、ニフェジピンは「妊婦(妊娠20週未満)または妊娠している可能性のある婦人」には禁忌とも書かれています。皆さんどちらを良しとされますか?

私の講座94などを是非お読みください。もっと安全な早産治療法があります。

http://p-lap.doorblog.jp/archives/50544220.html

*コクラン共同計画英語: Cochrane Collaboration; CC)とは、治療と予防に関する医療情報を定期的に吟味し、人々に伝えるために、世界展開している組織である[3]

文献

1.    Easterling T, Mundle S, BrackenH, et al. Oral antihypertensive regimens (nifedipine retard, labetalol, and methyldopa) for management of severe hypertension in pregnancy: an open-label, randomised controlled trial. Lancet 2019; published online Aug 1. http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(19)31282-6.

2.    Devane GW, Porter JC. An apparent stress-induced release of arginine

vasopressin by human neonate. J Clin Endocrinol 1980;51:1412-16

 

 

 

 

 

 Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.152「妊婦のお腹で胎児はどうやって呼吸と排泄をしているのでしょうか?」


▽英国の医学雑誌『ランセット』が8月、「重症妊娠高血圧症の妊婦には経口降圧剤が有効。今後、妊娠高血圧症には経口降圧剤、とくにニフェジピンを使用すべき」とする論文を掲載しました。

 

▽重症妊娠高血圧症になった妊婦さんの血圧は、上(収縮期)が160mmHg以上または下(拡張期)が110mmHg以上以上になり、下手すると母子ともに亡くなってしまいます。

 

▽そういう重症妊娠高血圧症の妊婦さんには何度も出会いました。確かに経口降圧剤を投与すると、血圧の増悪はなかったのですが、ほとんどの妊婦さんの赤ちゃんは胎内死亡となり、悔しく、悲惨な思いをしました。

 

▽なぜ、そうなるのでしょうか。妊娠高血圧症の妊婦さんを治療するたびに自問自答しました。そして妊婦さんのお腹の中で生きている胎児の呼吸と排泄を考えました。

 

▽胎児の臍帯の動脈末端は、胎盤の先端で毛細血管になっていて、その血圧は10mmHgほどです。

 

▽この部分の毛細血管を使って、胎児は母体の子宮動脈から供給される血液が運ぶ酸素を受け取ります。その一方で、老廃物を排出して生命の維持に必要な物質を交換しています。

 

▽つまり、胎児は極めて低い血圧の毛細血管に頼って呼吸と排泄を続けているです。

 

▽そこに母体の血圧を下げるため経口降圧剤を投与したら、どうなるのでしょうか。母体の血圧は下がります。ところが、同時に胎児の血圧も下げてしまい、呼吸や排泄が極めて困難になるのです。WHO(世界保健機構)も2011年の勧告で、降圧剤は重症妊娠高血圧の治療効果はないと指摘しています。

 

▽では、治療方法はないのでしょうか。あります。<a href="https://livedoor.blogcms.jp/blog/plap/article/edit?id=50544220">講座94</a>で紹介しています。静岡学術出版社から発売した『妊娠中毒症と早産の最新ホルモン療法胎児は今の薬で安全か?』の第3章にも胎児に影響する降圧薬について詳しく書いています。ぜひ、お読みください。

 

文献:Lancet 2019;394:1011-21 Published Online August ,2019(URL:http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(19)31282-6

Dr.水谷の女性と妊婦講座 No.151「国立がん研究センターが『女性ホルモン(エストロゲン)の暴露歴が長い女性は認知機能障害のリスクが低い』とする研究結果を発表」


 ▽ホルモン補充療法(HRT)が、血管性痴呆やアルツハイマー病の予防に有効なことは、これまでも一連のブログ(講座)で指摘してきました。

 

▽最近、国立がん研究センターの研究グループが、初潮から閉経までの期間が長い女性は認知機能障害のリスクが低くなるという研究成果

<a href="https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/8394.html">こちら</a>を発表しました。

 

▽研究は、1990年に長野県南佐久郡8町村の一般住民に実施した健康関連調査の回答者約1万2000人(40-59歳)のうち、2014-15年に実施した「こころの検診」にも参加した女性747人を対象としてます。

 

▽「こころの検診」の認知機能検査では、「うつ」と診断された人などを除いた670人中227人が、認知機能障害(内訳は軽度認知障害196人、認知症31人)と診断されました。

▽この227人については、月経に関連する情報と認知機能障害の発症リスクとの関連が検討されました。その結果、初潮から閉経までの期間が長いほど、認知機能障害のリスクが有意に低下することが分かったのです(傾向性P=0.032)。

 

▽具体的には、初潮から閉経までの期間が33年以下の人たちの認知機能障害の発症リスクを1とした場合、38年以上の人たちのリスクは0.62となって、38%の有意なリスク低下が認められました(P<0.05)。

 

▽以上の結果から、エストロゲンの曝露期間が長い、つまり、初潮から閉経までの期間が長いほど、認知機能障害を防ぐように働く可能性が示唆されたのです。

 

文献:

Shimizu Y, et al. Maturitas. 2019 Jul 2. [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31561818 Epub ahead of print]

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