ジョンズ・ホプキンズ大学という医学では世界的に有名な研究機関がアメリカにあります。2009年に、ここの教授の一人、フランク・ウィッター医師は早産の治療に汎用されているベータ刺激剤に関するこれまでの報告を分析してある医学誌に発表し大きな話題になりました。80報を超える報告からウィッター医師はベータ刺激剤は妊娠初期から中期にかけて妊婦さんへ投与することは胎児にとって極めて危険であるという結論を出しました。

動物を使った実験では、ベータ刺激剤を投与された場合その胎仔の脳組織に異変が起こり、その結果、生まれた幼動物の能機構が損なわれ異常な行動変化をするようになる、というものでした。

次に、ウィッター医師はヒトでの疫学研究報告を詳細に調べた結果、実際、ヒトでも妊娠期間中のベータ刺激剤の使用により脳機能に悪影響を及ぼしている可能性がわかってきたのです。

例えば、妊娠初期から中期にかけてベータ刺激剤を投与された妊婦さんの新生児を投与されていない場合とで、出生年や出生場所、性別など多くの要因でそろえて比較したところ、明らかにベータ刺激剤を投与されていた妊婦さんの新生児に自閉症の症状がより多くみられたのです。

さらに調べていくと、ベータ刺激剤を長期間投与されていた妊婦さんの新生児では、認知機能や運動機能の発達の遅れがみられ、その後の学校での成績も劣ることが明らかになってきました。また、心臓の機能や血圧にも影響し、心拍数や血圧が通常よりも高くなる傾向がみとめられました。これは、動物実験でみられた結果とも一致しています。

これらの事実を総合すると、ベータ刺激剤を投与されていた妊婦さんの新生児は、その後の成長に大きな障害を伴う危険性が否定できません。一度限りの胎児への危険な薬物の暴露は一生の問題になっていくのです。

この問題について、社会の認識はまだまだ足りません。小児の心臓病や青少年の自殺の問題などにも関連する可能性についてこれまで誰も否定していません。わたしたちはもっと胎児と妊婦さんの安全性について敏感にならなければなりません。

私の手元に厚生労働省の人口動態統計があります。このなかに30歳未満の男女の自殺者数の推移を示したグラフがあります。以前から私は大きな疑問を持っていました。なにゆえに、1998年あたりから急激に自殺者が増えているのか?そしてそれは、20歳から29歳の男性で際立って多いのです。(1)

以前、私のブログでも紹介しましたが、イギリスの疫学者バーカー博士の理論を覚えておられますか?このなかでバーカー博士は低出生体重と児の成長過程における自殺との関連性を調べました。(1)外国人なので少し体重は大きめですが、出生体重別に男児と女児を18歳から26歳時まで追跡しました。その結果、よく言われるようにうつ症状が自殺にみられる割合は確かに多く(70%)また、うつ症状の児では生まれてからの体重増加が遅いことがわかりました。おそらく貧困による栄養状態の悪化も原因でしょう。しかし、生まれた時点の低い体重だけで自殺との関連を説明することはできませんでした。その後も、多くの調査が行われていますが、確かなことは自殺の主な原因の一つはうつ症状であるということです。2001年に発表された研究結果でも低出生体重児はその後の精神障害やうつのリスクは高いことが示されています。しかもそのリスクは男性でより高いのです。(2)

さらに、2009年に発表された重要な研究があります。妊婦さんに、ベータ刺激薬を2週間を超えて高用量を投与したとき、生まれた赤ちゃんの神経のバランスが狂うことを突き止めました。(3)これは交感神経と副交感神経という二つの神経の作用がうまく保てないことを意味します。出生後に自閉症や精神障害、認知障害、運動神経の低下、高血圧症の危険性が高まるのです。とくに自閉症は自殺の原因の70%以上を占めているといわれています。アメリカの疾病予防センターはある踏み込んだ調査をしました。少年のうつ病患者で事故などで死亡した人の剖検をしたところ、脳神経細胞の数がうつ病ではない場合に比べてきわめて多く、あきらかに胎児期の脳神経の発達に異常があることがわかりました。(4)これらの研究結果から言えることは、胎児期に脳の発達に悪い影響を受けると、生まれてからもその影響は続いていき、もとには戻らないということではないでしょうか。

胎児期、つまり赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいるときは、それほどデリケートなのですね。とくに生まれる前の薬の投与や環境は重要です。未熟で生まれてもリスクがあることから早産の予防はほんとうに重要な課題なのです。



自殺女性





















自殺男性





















(1)D.Barker et al.British Medical Journal 1995;vol 311:1203
(2)C.Thompson et al.British Journal of Psychiatrics 2001;179:450-455
(3)F.Witter et al.American Journal of Obstetric and Gynecology 2009;261(6):553-9
(4)E.Courchesne et al. Journal of American Medical Association
2011;306(18):2001-10