本年2月、切迫早産の治療に使われる「リトドリン」を製造・販売する中堅製薬会社が、産婦人科医師向けに「欧州における短時間作用型ベータ刺激剤に対する措置ならびに日欧におけるリトドリン(ウテメリン)の使用方法、有効性及び安全性の情報について」というタイトルの冊子を配布しました。ウテメリンというのは製品名です。

この製薬会社は、ウテメリンを開発した会社です。では、なぜ、そういう冊子を配ったのでしょう。

昨年10月25日、ヨーロッパの28か国が加盟するEU(欧州連合)の欧州医薬品庁(EМA、日本の厚労省のような存在です)が、妊婦や胎児に悪影響を与えるとしてリトドリンの産科適応の使用制限を決定しました。経口剤(錠剤)は承認が取り消されました。

製薬会社が驚いたのは容易に想像できます。冊子によると、医薬品医療機器総合機構(PMDA=パンダ)と国内での対応を協議、検討しているとしています。

その一方で①1欧州の決定に至った根拠②欧州におけるリトドリンの使用方法、有効性、安全性の評価に関する情報③国内のウテメリンの安全情報-について関連情報を集約致しましたと書かれています。

驚いたのは③国内のウテメリンの安全情報の記載内容です。

リトドリン注射剤(ウテメリン注射剤)の国内の安全性データの表記がそれです。

記載によると、『「使用成績調査」では、副作用276件(192例16.47%)。重篤な副作用はみられなかった。心血管系副作用である心悸亢進(動悸)及び頻脈について、累積副作用発現率の発現頻度を投与時期別に解析したが、投与期間の延長に伴う発現率の増加はみられなかった。』としています。

『「市販後安全情報」では、2001年1月1日―2013年12月31日までの13年間に自発報告にて報告された副作用を集計したところ、重篤な心血管系副作用は、母体で165件、児(胎児)で32件であった。このうち、肺水腫の報告が多く、続いて心不全が多い。副作用の報告数に関しては、近年急激に増える等、顕著な変化は見られていない。』と書かれています。

皆さん、このホームページの ブログ(2012-09-05) 「ウテメリンの副作用は胎児のみならず母体にもを思い起こしてください。この製薬会社が、かつて厚労省に提出した書類には次のように書かれています。

1986年4月のウテメリン(リトドリン)の承認以来、2002年12月末までの16年8か月の間に、妊婦に現れた重い副作用251例が報告されている。

副作用報告の内訳は、無顆粒球症関連が132例。肺水腫87例(うち1例は死亡)。横紋筋融解症が32例。これらの副作用発症者が最多だった投与日数は、無顆粒球症関連では22-28日(66例)、肺水腫では29日-60日(22例)、横紋筋融解症では1-3日(12例)。

肺水腫でも投与開始1-3日での発症が16例、無顆粒球症関連でも7例が、それぞれ投与開始から14日以内に発症しています。』このことから短期投与でも重い副作用を発症した妊婦が少なからずいたことが推察されます。



この製薬会社は、かつて厚労省に報告した副作用に関するデータを忘れてしまったのでしょうか。EМAがリトドリンの注射剤の使用を制限し、錠剤の承認を取り消したので、妊婦の重い副作用報告例が少なくなっている期間を選んだのかとうがちたくもなります。

なぜ、その期間(2001年1月1日―2013年12月31日)の重い副作用報告だけを記載したのでしょう。会社には(厚生労働省にも)1986年4月以降のデータが保管されているはずです。

冊子には「国内における対応が決定され次第、速やかに先生方へ情報をお伝えします」とも書かれています。重い副作用が確認され、海外では使用制限あるいは承認取り消しの事態になった以上、迅速かつ詳らかに情報公開したうえで、対応決定に参加するのが製薬会社の大切な役目ではないでしょうか。