米国で1974年、喘息治療薬を転用したテルブタリン(ブリカニール)という薬が、早産治療薬として認可されました。その後まもなく、日本でも適応外使用(Off-label)の早産治療薬として使用され始めました。

ただ日本では1986年、同じ系統のウテメリンが保険適応薬として認可されたため、以降はテルブタリンの使用は少なくなりました。とはいえ、今でも早産治療薬に使っている病院は少なくありません。

私は1982年に名古屋大医学部に助手として採用されました。テルブタリンが早産治療薬として広く使用されていました。当時、この薬の販売会社のMRが「この薬は保険適応外なので、なるべく早産の患者さんには使用を控えてほしい」と何度も訴えていたのを鮮明に記憶しています。

ところが、臨床現場では、ウテメリンが保険適応薬として認可されるまで使われ続けました。私は、テルブタリンによる眼を覆いたくなるような患者さんの副作用を黙ってみているしかありませんでした。

この辺りは、2012年9月5日のブログ「ウテメリンの副作用」を参考にしてください。

それでも私は、大学で働きました。この薬が使用されたことへの責任の一端を免れるものではありません。しかし個人的には、テルブタリンやウテメリンを処方したことは今まで一切ありません。

なぜ、この2つの薬を使わずに患者さんの治療が出来たのか? その答えは2012年9月27日の「ブログ」に書きました。

前置きが長くなりました。

さて、米国には自閉症・アスペルガー(自閉症の一種)協会という自閉症支援団体(http://www.usautism.org/conferences/index.htm)があります。この協会は、Lawrence P. Kaplan, PhD Chairman, CEOが、自分の子供が自閉症と診断された1995年に設立しました。この協会は、自閉症への啓蒙や教育など、米国で多彩な慈善活動をしています。Lawrence P. Kaplan氏はアメリカの有名なIТ企業などの経営者です

Kaplan氏は、協会が発行する広報誌の編集者で、彼の自閉症患者さんに対するラジオインタビュー(2005年8月)をインターネットで視聴できましたので、その要旨をご紹介します。


自閉症は、ともすると自殺にも結びつく重大な精神障害と考えられています。実際、思春期の、特に男児に兆候が表れることが多いとされています。しかし、これが何とお産の時に使われている、ある薬が過量に投与されたことが原因の一つではないかと疑われているのです。

以下は、L P Kaplan理事長と患者(Teri Small)さんのラジオインタビューの一部です。

Teriさん―米国ではテルブタリンという薬が早産の危険性がある妊婦さんにたびたび使われていると聞いています。テルブタリンとはいったいどんな薬なのですか?

Kaplan理事長ー実はテルブタリンはぜんそくの治療薬なのです。ぜんそく発作のとき、気管の平滑筋を収縮しないようにして呼吸を楽にする作用があるからです。テルブタリンは子宮の筋肉の収縮も抑えますが、他の内臓筋肉、例えば、心臓などでは興奮させて心拍を早めます。米国FDA(食品医薬品局)はテルブタリンを1974年に早産治療薬として認可しましたが、現在では早産への使用は認められていません。現在は適応外使用(Off-label)として、早産の重症例に短期間のみ使用されています。つまり本来使うべき疾患ではない別のものに使用する、いわゆる、適応症外の薬の使用なのです。


Teriさんーでは、なぜテルブタリンが早産治療薬として使用されるのですか? そしてまた、早産に使用されているテルブタリンの量は、喘息に使用される量と同じですか? あるいは、もっと量が多いのですか?

Kaplan理事長ーしかし、実際、他に良い治療薬がない場合は、このように薬の適応症外使用は相当多いのです。ただし、テルブタリンの場合は、ぜんそくで使用される量よりも、かなり多量に投与されているのです。さらに問題なのは、妊婦さんには安全だとしても、果たしてそのお腹の中の赤ちゃん(胎児)に影響があるのか、ないのか、全く分かっていなかったのです。

eriさんの父親のコメント「私の妻(Teriさんの母親)が投与されたテルブタリンの量は分りません。しかし、2人の男児(Teriさんともう一人)が生まれる前の30日間、妻はテルブタリンが投与されました。その後、テルブタリンよりさらに強い早産治療薬の硫酸マグネシウムの投与をうけました」。

eriさんー母体と胎児へのテルブタリンの副作用は?

Kaplan理事長ー大変良い質問です。テルブタリン治療を受けた妊婦さんの多くの方は、母体と胎児へのテルブタリンの副作用についてはご存じないと思います。(ここで、テルブタリンの副作用の説明がありますが、省略します。2012年9月5日のウテメリンの副作用のブログを参考にしてください。ウテメリンもテルブタリンも基本的に同じ薬です)。


自閉症とテルブタリンの関連性とは?

eri さんージョンホプキンス大学の2卵性双生児の研究のお話を教えてください。

Kaplan理事長ージョンホプキンス大学病院の産科グループが行った調査結果があります。双子で産まれた兄弟姉妹の症例を追跡した結果です。双子の2児ともに自閉症と診断された症例と双子のうち1児だけが自閉症がみられた症例を比較したのですが、前者ではテルブタリンを投与された症例が有意に多かったのです。つまり、双子は出生体重が小さくなりやすく、とくに小さい方の児が自閉症の危険性が高いのですが、テルブタリンを投与されている場合は2児とも自閉症の率が高かったのです。言い換えると、低体重以外の副作用が追加されたのではないかということです。ただし、注意すべきことは症例数が少なく因果関係を証明したものではありません。

eri さんーこのことは多くの医師や患者さんは知っているのでしょうか?

Kaplan理事長ー知っている人は少ないと思います。しかも、多くのお産は予定日と大きくずれないで正常に産まれますから、恐らく薬の名前すら聞いたことがないという方が大部分でしょう。一方、医師は、ほとんど例外なく一定のマニュアルに沿って処置しますから、過去の事例などを参考にしてテルブタリンを処方します。有効な薬がなく、未熟児でも帝王切開で産むことしかできない現状では手段がありません。

eri さんー妊婦さんや家族の方に知らせるにはどうしたらよいですか?

Kaplan理事長ー早産の危険性に晒されている妊婦さんは、常に急性です。医師も患者も、その瞬時に薬の投与や手術を決めなければなりません。ですから、前もって早産の可能性がある場合は、どのような薬を使うのか、よく相談して納得されてから、万が一の時には速やかに処置すべきです。ただ実行するのは煩雑で、しかも薬との因果関係がはっきり分かっていないことも含めて患者さんらに説明するのは簡単ではありません。

eri さんーテルブタリンの胎児に対する影響は動物実験などでもっと詳しく調べられないのでしょうか?

Kaplan理事長ー実は、すでにいくつかの研究報告があります。これもある有名な大学で行われました(2)。妊娠したラットにテルブタリンを投与し、それから産まれた胎仔の脳組織を調べた実験があります。それによると、小脳にある神経線維細胞の数が減って、同時に組織層が薄くなっていることが分りました。この変化は、自閉症に特徴的なものなのです。

eri さんーこのことに対するFDA(米国食品医薬品局)の措置は?

Kaplan理事長ーFDAは既にテルブタリンに対する警告を発信しています(3)。テルブタリンの胎児に対する長期的な影響や有害作用については注意する必要があり、できるだけ安全性が疑われるような薬剤は使わないということでしょうか。仮に代替治療があるならば、そちらも考慮する必要があります。しかし何といっても、産科の薬を積極的に開発してくれる企業が出てくることと、それを支援する国の政策が絶対必要だと思います。


(1)Witter FR. Zimmerman AW.et al. In utero beta 2 adrenergic agonist exposure and adverse neurophysiologic and behavioral outcomes. Am J Obstet Gynecol. 2009 Dec;201(6):553-9.

(2)Rhodes MC et al. Terbutaline is a developmental neurotoxicant : effects on neuroproteins and morphology in cerebellum, hippocampus, and somatosensory cortex. J Pharmacol Exp Ther. 2004 Feb;308(2):529-37.

(3)FDA Drug Safety Communication: New warnings against use of terbutaline to treat preterm labor," at the following link: http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/ucm243539.htm