「テルブタリン(ブリカニール)より危険なウテメリンが日本で承認されたのは何故か」というタイトルのブログを5月11日に書きました。その話とも関連する、1970年代後半に大ヒットした癌治療薬の“その後”を紹介します。


当時、中堅化学メーカーのクレハ(旧呉羽化学工業、東京都中央区)は、担子菌類の一種「サルノコシカケ」の熱水抽出物を服用した胃癌患者が日常生活に復帰した実例に着目、担子菌類の抗腫瘍作用に関するクレスチンの研究を始めました。

週刊誌などで取り上げられ、話題になりました。基礎試験を経て臨床試験が実施され、肺癌、乳癌、消化器癌に対する抗腫瘍作用と高い安全性から有用性が認められたとして、厚生省(当時)は1976 8 月、非特異的免疫賦活作用を有する抗悪性腫瘍剤として製造販売を承認、翌年5月、公的保険の適用も認めました。

1977年新設の浜松医科大に勤務していた頃、私はクレスチンを度々処方しました。ただ癌治療にクレスチンがなぜ効果があるのか。良く理解していませんでした。

実は、当時、クレスチンは癌の進行を遅らせると考えられていました。それが経口の抗がん剤として承認され、日本を代表する製薬会社の一つ、三共製薬(現第一三共)から発売されてヒット商品になっていました。

この薬が、その後に轟々たる非難を浴びた一番の理由は、売上高が大きかったからです。薬価ベースで年間1000億円には届かなかったものの、900億円に近かったはずです。

金額は記憶違いがあるかも知れませんが、とにかく、巨額の公的保険料を食っていたのです。


同じような薬に中外製薬の「ピシバニール(OK432)」という注射剤(ある菌の乾燥粉末)もあります。197510月に承認され、ヒット商品になりました。

私は、浜松医科大の前に勤務した済生会静岡病院時代、多数の婦人科の癌患者さんにピシバニールを使用しました。この薬を使うと、中外製薬のMRさんから簡単なレポートの記載をお願いされました。

恥ずかしい話ですが、レポート一枚につき金額は忘れましたが、謝金をもらいました。私はその謝金を、済生会静岡病院の隣の静岡薬科大で行っていた自分の実験の試薬代として使わせてもらいました。

今となれば、薬効がはっきりしないクレスチンやピシバニールを使った医師の一人として、慙愧の念に堪えません。

その後、私は父の死を早める薬としてピシバニールが“貢献”するのを、患者の家族として経験しました。

NCI(アメリカ国立癌研究所)は、どの国であれ、その国で評判の新薬を次々と治験薬群(RCT:被験者を無作為に処置する群)と比較対照群(プラセボ群など)に割り付けて治験を実施、有効性を検証します。

後にNCIは「ピシバニールはがん治療に全く効果なし。患者に疼痛と経済負担を強いるだけ」と結論付けています。

父は、戦後の働き詰めによる過労と栄養不足がたたり、私が高校時代に肺結核を患いました。私は、名古屋大に42歳で助手として採用されたのですが、その後間もなく、父は三重県桑名市民病院で亡くなりました。

その当時の桑名市民病院の副院長が、微熱で入院した父の腫瘍マーカー(CA125)が高いとの理由でピシバニールを投与し始めたのです。私は度々、副院長に投与を止めてほしいとお願いしました。ピシバニールの投与は発熱の副作用があるのを済生会静岡病院時代に経験していたためですが、聞き入れてもらえませんでした。

加齢と微熱ですっかり体力をなくした父に、ピシバニールの投与は死を早めるだけでした。

父は、連日の高熱で次第に体力を消耗して、間もなく死亡しました。

ピシバニールは、ショック、アナフィラキシー様症状、間質性肺炎、急性腎不全の副作用があります。さらに発熱、膨張・発赤、疼痛など重篤な副作用も報告されています。

一方、クレスチンは、副作用が少ないため、効果が無くても気休めのため、あるいは、治療しているという姿勢を見せるため、あるいは、薬の大量投与で薬剤費を稼ぐため、医療の現場で使われ続けていたのです。

そもそも、このような効果が強く疑われる薬が承認されたのは、臨床試験のデータが頻繁にねつ造されていたとの噂がありました。また学会の“ドン”(有名大学教授)が声を掛けると、厚生省の審査官に圧力が掛り、薬が承認されるという話も聞こえてきました。

それ以外の薬が保険適用薬として承認される要件は、同じ様に効果の無い他の既存薬と比較して、有効性で同等、あるいは、有効性で多少上回ると証明されたためと囁かれていました。

効果のない薬同士を比較するわけですから、ほんの少しでも効果があれば、承認されるのです。

さて、子宮の張り止め薬のウテメリンが承認されたのは1986年です。クレスチンやピシバニールが承認された10年後になります。当時の薬の承認審査の過程は、今となっては知るよしもありません。

ただウテメリンは妊婦に使用されます。抗がん剤とは別の角度から審査しなければなりません。

ウテメリンは基本的に心臓に負担を与える喘息治療薬です。承認に際しては、胎児への影響を第一に考えられるべき、と私は考えています。

果たして、その点が十分かつ慎重に審査されたのでしょうか。

切迫早産の妊婦を通じてウテメリンを大量投与された赤ちゃんと心臓病の因果関係などを調べていると、そうじゃなかったと考えざるを得なくなるのですが…。