米国産婦人科学会の偉い先生方は、1956年UCLAの動物学教室のケネディーらの報告:カリフォルニアの山岳地に放牧された妊娠羊がある種の野生のトウモロコシを食べると、その妊娠羊は陣痛が起こらないため次第に胎仔が巨大化して、妊娠羊の下腹部が破裂して死亡する事。またその死亡胎仔は頭蓋骨の頂上部が欠損して眼が1つで、しかも脳下垂体部が欠損する事を報告した論文をお忘れになったのでしょうか?(Kennedy PC et al. Cornell Vet. 47:160,1957

彼は、その後UCLAのリジン(Liggins GC、ニュージーランドから留学していた)と組んで当時世界の産婦人科医をびっくりさせた論文:妊娠羊を開腹して、胎仔の脳下垂体部分を電気焼灼(でんきしょうしゃく;電気の熱で焼くという意味)して生きた状態で子宮に戻すと、その妊娠羊は陣痛が起こらず、胎仔はどんどん発育して、妊娠羊の下腹部が破裂して妊娠羊が死亡する(Liggins GC, Kennnedy PC et al. Am. J.  Obstet Gynecol. 98:1080, 1967)とする論文もお忘れになったのでしょうか?

この実験を基にリジンの研究は、その後ヒトの陣痛発来は、胎児脳下垂体のACTHの刺激で発育する胎児副腎皮質の発育によるとする説を提唱するに至りました。しかし彼らは胎児副腎皮質発育説では、陣痛発来が説明できないので、当時全ての生命現象の不思議を解決するかのような大流行していた研究分野、プロスタグラデイン研究を胎児副腎皮質の発育と関連させました。残念ながら胎児副腎皮質発育・プロスタグラデイン説では陣痛の発来が説明できませんでした。リジンは米国、ニュージーランドのみならず当時世界の産婦人科学会の陣痛発来機序への大きな足跡を残しました。ケネディーらの報告から始まりリジンらが発展させた陣痛発来への考えは、陣痛は胎児の発育とともにおこる、すなわち「胎児は自らでその娩出の引き金を引く」とする考えです。

リジンらの胎児下垂体発達説の研究には1つ大切な因子が欠けていたように思われます。即ち、胎児側の信号をキャッチする因子を考えなかった。言い換えれば、陣痛は胎児の発育(脳下垂体)と胎盤あるいは母体との対話の結果で起こる?事を考えに入れなかったことではないでしょうか?

ところで、最近米国産婦人科学会は、出産予定日(EDD)推定に関する以下のような勧告を出したようです。

2014年、922日、その学会誌Obstetrics & Gynecology10月号に掲載した内容です: (1)在胎月齢を最も正確に推定するために、妊娠第初期に超音波で胎児を計測する、(2)体外受精による妊娠では、胎芽の週齢と胎芽移植の日付からEDDを決める、(3)最終月経(LMP)や初回超音波検査のデータが得られたら、直ちに在胎月齢とEDDを推定して患者と話し合いを行い、明確に記録する、(4)研究や調査で在胎月齢を推定する場合は、LMPだけに頼らず産科的に最善の推定を行う、(5EDDを変更することはレアケースの場合だけにとどめ、変更する際には患者と話し合った上で明確に記録する――などの内容で構成されています。

 (2)を除き、他はすべて胎児の発育を超音波診断で計測しているだけです。ここで指摘すべきは、リジンらが主張した胎児が自ら、陣痛の引き金を引くという考え方は全く含まれていません。実は出産予定日は胎児が自ら決めているのです。このような米国産婦人科学会の考え方からは、今後も陣痛発来のメカニズムは謎のままでしかないようですね。