理化学研究所多細胞システム形成研究センター(神戸市)が、再生医療の2例目の臨床応用になる自家iPS細胞由来の網膜移植を延期した、と『日経バイオテック』が報じていました。参考URL:https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20150321/183328/


去る3月、第14回日本再生医療学会の総会が横浜市で開かれました。総会に合わせて同形成研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトの高橋政代プロジェクトリーダーと先端医療センター病院(神戸市)の栗本康夫統括部長(眼科医)が記者会見し、①取り組んできた自家iPS細胞由来の網膜色素上皮(RPE)シートの臨床研究を中断する②新たに他家iPS細胞由来のRPEシートの臨床研究を始める-などを明らかにしました。


さらに文部科学省の科学技術・学術審議会の研究計画・評価分科会では、iPS細胞の臨床応用に際しては、造腫瘍性試験を重視すべきだと指摘する声が相次いだそうです。

高橋政代氏らの臨床研究は、網膜組織の一部の「網膜色素上皮細胞」を、iPS細胞から作製した新しい細胞に交換するという触れ込みでした。

「網膜色素上皮細胞」は、視力の要になる視細胞に栄養を送る役割を果たしている細胞群です。網膜色素細胞が損傷されて栄養が行き届かなくなって機能を一度失った視細胞が、網膜色素細胞を交換すれば、再び機能するようになるのでしょうか。

目に入った光は、視細胞層によって感受されます。視細胞で光から神経信号に変換され、その信号は網膜にある5種類の神経細胞によって処理され、最終的に網膜の表面(眼球の中心側)に存在する神経節細胞から脳中枢へ情報が伝えられて視力が維持されています。


網膜は、神経を含んだ上皮(感覚網膜)という光を感じる層とその土台の色素上皮〈しきそじょうひ〉という層で出来ています。色素細胞などは、神経ではありませんが、感覚網膜は神経組織です。

網膜はカメラのフィルムに例えられます。ヒトの網膜は、カメラに映る映像を神経の働き(電気刺激)に変え、その映像を脳で理解出来るようにするという大変複雑な作業を一瞬にこなしています。

iPS細胞由来の網膜色素上皮(RPE)シートを移植するだけで、このような複雑な生命活動が可能になるまでに視力が回復しうるのでしょうか。

この視細胞と網膜色素上皮は、国家プロジェクトの「再生医療」の対象となり、マスコミも大々的に取り上げています。

私は、再生医療の素人ですが、網膜組織の一部の「網膜色素上皮細胞」のみを移植したからといって、視力回復出来ると期待するのは、あまりに安易と考えています。

再生医療は、世界の先進国が競い合い、トップクラスの研究者たちが、莫大な研究費を使って取り組んでいます。その分、患者さん、さらに国民も大きな期待を寄せています。

ただ研究には多額の税金が使われています。研究者の皆さんがそのことを忘れているとは言いませんが、再生医療は万能ではなく、臨床応用にも自ずと限界があるはずです。

そろそろ、出来ること、出来ないことを国民や患者さんに率直に明らかにするのも、科学者としての責務ではないでしょうか。