▽乳がんは、なぜ、起こるか。どうして増え続けるか。その原因は、といったところは、常に女性の関心の的になっています。がんが増え続ける原因は、もちろん高齢化です。加齢とともにほぼすべての種類のがんは増加します。乳がんも例外ではありません。



▽次に、がんを発症するリスクのうち最も大きいのが個人の家族歴、即ち遺伝素因です。これ以外、環境要因、例えば、肺がんに対する喫煙の害などが知られています。



▽私たち産婦人科医は、女性ホルモン(卵胞ホルモンのエストロゲンと黄体ホルモンのプロゲステロン)が、非常に大切な働きをしているかを、女性の生涯を通じて見守っています。女性ホルモンは、妊娠、分娩、思春期、更年期、また生殖可能年齢の月経に関する問題や良性腫瘍の子宮筋腫など、女性のライフサイクル全ての健康問題に深く関わっています。女性ホルモンの状態(ホルモンレベル)を調節するのが産婦人科治療の根本で女性ホルモンは必須の治療薬なのです。



▽更年期女性へのホルモン補充療法(HRT)も、OC(経口避妊薬=ピル)も、女性ホルモンを使うため、それに伴う副作用は基本的には同じです。それではホルモン療法(HRTやピル)は、乳がんのリスクを上げる因子になるのでしょうか。



▽HRTは心血管病の予防に有効か無効かを判定する目的で、米国で大規模な疫学研究(WHI)が実施されました。その中間解析では、HRT群の乳がんの発生率が対照群より高くなり、治験が打ち切られました。このニュースが報じられると、HRTは危険な乳がんのリスク因子と決めつけられてしまいました。





▽これに対し、英国医学雑誌『BMJ』は2007年、2010年、2014年の3回に渡って英国の開業医と助産師によるピルの健康調査成績の結果を掲載しました。そのどれもが、米国で実施されたHRTの大規模疫学研究(WHI)の中間解析の誤りを明らかにしています。ともに膨大な数の対象者に長期間実施された調査から、乳がんによる死亡率とピルの服用期間の関連性はないと結論付けています。





▽日本産婦人科学会の2015年度版OC(ピル)ガイドラインには、解説の冒頭、「乳がんはOC投与開始直後に増加する」と書かれています。果たして正しいのでしょうか。産婦人科医には大変、気になる文章です。確かに2002年当時、上述したWHIの中間解析から、日本を含め世界中で女性ホルモンの使用がかなり控えられました。



▽その一方、米国医師会雑誌『JAMA』が2003年に掲載した論文は、HRTにより更年期女性が女性ホルモンを投与されると、非投与の人と比べて浸潤性乳がん(進行がん)は投与開始後4年ごろから増加するが、初期乳がん(上皮内がん)は非投与の人と比べて全く差はないと報告しています。



▽WHIの中間解析によって、女性ホルモンの使用が世界中で控えられました。その結果、乳がん患者の発症状況は、どう変化したのでしょうか。仮に変化があったとしたら、ホルモン補充療法(HRTやピル)は、乳がんのリスクを上昇させる因子になるのか-という問いへの回答と考えてよいと思われます。



▽回答は、フランスの2か所のがん登録施設が1990-2010年間の乳がん患者を解析した結果です。即ち、乳がんは1990年以降、浸潤性がんも初期乳がん(上皮内がん)も2003年まで右肩上がりで増加しています。ところが、WHIの中間解析の後、2003年から2010年にかけては、初期乳がんは右肩上がりで増加しているのに対し、浸潤性がんは減少傾向です。まさに上述の米国医師会雑誌『JAMA』が2003年に掲載した論文と同様の結果です。



▽これらの論文から、女性ホルモンは乳がんの原因ではなく、浸潤性がんを増加させる原因と言えそうです。へそ曲がり的な言い方をするなら、HRTやOCは、初期段階では診断困難な乳がんの早期発見につながっている側面があると言えるかも知れません。



▽最近、英国がん学会誌『BJC』が「HRTは乳がんのリスクを2倍から3倍上昇させる」とした研究報告を掲載しました。従来の推計よりもリスクは高いというのが論文の唯一の結論という少々乱暴な報告です。 



▽どうして、結論はそれだけなのでしょう。HRTのみが原因なのか。HRTを控えた方がよいのか。臨床(治療現場)は、論文をどう解釈して対応すべきか。全く触れていないのです。発表したのは英国人の疫学者グループです。こんな研究論文は、これまで産婦人科領域には一つもありません。



▽天然型や人工型など様々な種類のホルモン薬をすべて一緒に扱い、遺伝素因の情報は乏しく、10年間の追跡期間に3回質問票を配布して自計調査したデータを使用。閉経後15年以上HRTを続けている女性に高いリスクが認められたという内容です。この15年間の投与は果たして適切だったのでしょうか。



▽さらに論文は、閉経した年を覚えている女性のみを対象にしています。閉経後、HRTを何年間続けたかという使用期間を特に評価しようとしたためです。その結果、使用期間が長いほどリスクは高かったということになります。10年間で回答を3回集め、その間にがん患者と登録された時点までの年数です。薬の種類や用量、そして使い方…。エストロゲンと併用する黄体ホルモンは、毎日服用する場合と間隔をあける場合があります。また、併用しない場合もあります。論文は、こういった情報を一切扱っていません。



▽実際の患者数からみると、10年以上追跡された女性約3万9000人(閉経時年齢が判明している女性)のうち552例の乳がんが報告され、うち500例は過去にHRTを実施した経験がないと回答。残る52例がHRTを続けていました。この552例中52例という結果から分かるように、乳がんを発症する大部分の女性はHRTとは無関係なのです。つまりHRT以外に原因があるわけです。決してHRTを使用しなければ乳がんにならない、という話にはなりません。



文献:Jones ME et al. www.bjcancer.com?DOI:10.1038/bjc.2016.231