▽「オプジーボ」という抗がん剤が大きな話題になっています。治療効果については、暫く様子を見ないと断言できませんが、確実に問題と言えるのはその価格です。

▽日本の医療用医薬品の値段(価格)は、厚労省が中央社会保険医療協議会(中医協、厚労大臣の諮問機関)に諮り、答申に基づき決定します。開発した製薬会社が自由に販売価格を決める米国と異なり、国が決める公定価格制度です。

 

▽さて、「オプジーボ」は小野薬品工業が発売した点滴静脈注射剤ですが、公定価格は1瓶(100mg入り)約73万円。国内では悪性黒色腫(メラノーマ)と呼ばれる皮膚がんと非小細胞肺癌肺がんの治療に使った場合、患者の自己負担は3割、残り7割は保険料や税金で支払われます。100mg入りを1瓶使うと、約51万円が保険料と税金の負担です。「オプジーボ」の用量・用法は、3㎎/kg(体重)を2週間間隔で静脈から点滴注射します。体重60kgの患者なら1か月間に270万円かかります。

 

全国保険医団体連合会が8月、米国と英国のオプジーボの薬価を調べたところ、日本では100ミリグラム当たり約73万円なのに対し、米国では同約30万円、英国では約14万円である事が明らかになりました。

ただでさえ医療費を抑えたい財務省が黙認するはずがありません。オプジーボの薬価は今年4月に決まったばかりなのに、厚労省に引き下げを求めました。厚労省は中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働大臣の諮問機関)の薬価専門部会に引き下げを諮問、中医協は11月の暫定引き下げを決定するとともに、薬価専門部会で2018年度の次回薬価改定で抜本的に見直すことを確認しました。

 

▽では、どうしてこんなべらぼうな薬価がまかり通ったのでしょう。一つは、オプジーボは日本では2014年7月に製造販売が承認されましたが、当時、世界中のどこの国でも承認されていませんでした。このため参考にする価格がありませんでした。次に、最初に保険適用されたがん種はメラノーマだけで、国内の患者数は年間4000人ほどです。肺がんへの保険適用は15年12月に追加されました。

▽その一方で小野薬品工業は、「オプジーボ」の開発に15年費やしています。新薬開発に多額の資金が必要なのは、皆さんもご存じの通りです。製薬会社は開発費用を回収しなければ経営が危うくなります。患者数が少ない薬の開発費用を早期回収するには、薬価を高く設定するのが最も手っ取り早い方法です。

 

▽この超高額の「オプジーボ」を巡る一連の話は、1970年代後半に発売された「クレスチン」という抗悪性腫瘍剤の話と似ています。以前、この講座Nо.36『効果のない薬がヒットしたわけ』でも一度紹介しました。

▽クレスチンは、担子菌類の一種「サルノコシカケ」の抽出物です。肺がん、乳がん、消化器がん対する抗抗悪性腫瘍作用が認められ、一方でキノコなので安全性が高いとして、厚生省(当時)は非特異的免疫賦活作用を有する抗悪性腫瘍剤として製造販売を承認。三共製薬(現第一三共)が経口の抗がん剤として発売しました。

 

▽その後、この薬は、社会から轟々たる非難を浴びました。最大の理由は、三共製薬の売上高が異常に大きかったからです。厚生省が定めた公定価格ベース(薬価ベース)で年間1000億円には届かなかったものの、900億円に迫っていました。私たちの多額の税金が使われていたのです。

 

▽私は名古屋大在職中、ミレニアムシンポジウムと称して名古屋市で国際会議を開催(2000年)しました。その際私の研究の根幹であるアミノペプチダーゼを研究する世界の主だった著名な研究者を相当数招待しました。その中には、アメリカ免疫学会のリーダーの一人であるMD Cooper もいました。彼はB-リンパ球の分化因子(リンパ球が骨髄の細胞から生まれてリンパ球として一人前の血球となるのを刺激するタンパク)の一つを世界に先駆けてクローニング(遺伝子配列を決定)したのです。ところがその蛋白は、私が1981年にヒト胎盤から発見した酵素(アミノペプチダーゼ)と同じものでした。彼は、このノックアウトマウス(その蛋白の発現を無くしたマウス)に免疫異常が起こることを大いに期待したようですが、残念ながら免疫現象に異常は認められませんでした。

▽私は彼にこのマウスを供与してくれるよう頼みました。帰国後彼の研究室で居眠りしていたマウスは、名古屋へ送られてきました。

私は、このノックアウトマウスを使って高血圧症の本質を明らかにすることが出来ました。

▽ノーベル賞受賞者の利根川先生をはじめ日本の免疫学領域の先生方の研究は多彩で立派です。あえて言わせていただきますと、癌に特別な(正常と異なる)免疫現象は無いのです。ですからオブジ―ボには少なからず正常細胞(健常人)を何らかの形で障害を及ぼす事が考えられます。言い換えれば、副作用があり得るのです。

もちろん、「オプジーボ」が期待外れになると言う気持ちは毛頭ありません。しかし、「あらゆるがん種に効果がある」、「副作用がない」といった首をかしげざるを得ないような絶賛の声が紹介されるたびに、“クレスチン騒ぎ”が蘇るのです。