▽ヨーロッパの28ヶ国でつくるEU(欧州連合)、正確にはEUの医薬品審査庁(М)が2013年10月25日、ウテメリンなどこの系統の薬剤の産科適応を禁止または使用制限しました。

▽なぜでしょうか。実は、ウテメリンは喘息治療薬のうちβ2刺激薬というタイプの薬を転用して作られています。β2刺激薬は、気管支(気道)の平滑筋に分布するβ2アドレナリン受容体に作用して気管支(気道)を拡張させ、喘息の発作を鎮めます。

▽ところが、β2刺激薬が作用するのは、気管支の平滑筋だけではありません。β2アドレナリン受容体が存在する心臓や子宮の筋肉の平滑筋にも作用するのです。

▽ウテメリンは、この作用に注目して開発されましたが、厄介なのは心臓の平滑筋にも作用してしまうのです。ウテメリンを服用、あるいは、注射剤を投与された妊婦さんたちが一様に「心臓がパクついた」と話す理由がここにあるのです。

▽EМAは、この副作用を重くみて産科適応するウテメリンの錠剤は使用禁止、注射剤は48時間以内の使用に制限しました。切迫早産を予防するベネフィットよりも、心血管系のリスクが大きいと判断したのです。

▽翌2015年2月、国内でウテメリンを製造・販売するキッセイ薬品工業(長野県松本市)が、産婦人科の医師向けに『欧州における短時間作用型ベータ刺激剤に対する措置ならびに日欧におけるリトドリン(ウテメリン錠剤)の使用方法、有効性及び安全性の情報について』という小冊子を配布しました。同社のサイトからも閲覧できます。

▽同社は1986年、オランダの製薬会社「ソルベイ・ファーマシューティカルズ」からウテメリンの製造技術を導入し、厚労省から国内での製造、販売を承認されました。国内では先発品メーカーになり、何らかの事態が発生すると、説明責任があります。そのため小冊子を作成したのです。

▽EМAがウテメリン規制を打ち出して以来、同社の対応を注視していました。ところが、小冊子を一読して愕然としました。酷いのは、国内のウテメリン注射剤に関する安全性データです。

▽『「使用成績調査」では、副作用276件(192例、16.47%)。重篤な副作用はみられなかった。心血管系副作用である心悸亢進(動悸)及び頻脈について、累積副作用発現率の発現頻度を投与時期別に解析したが、投与期間の延長に伴う発現率の増加はみられなかった。』と記述しています。

 

▽『「市販後安全情報」では、2001年1月1日―2013年12月31日までの13年間に自発報告にて報告された副作用を集計したところ、重篤な心血管系副作用は、母体で165件、児(胎児)で32件であった。このうち、肺水腫の報告が多く、続いて心不全が多い。副作用の報告数に関しては、近年急激に増える等、顕著な変化は見られていない。』としています。

▽小冊子発行以前、同社が厚労省に提出したウテメリン注射剤の副作用報告が手元にありますが、副作用の深刻さや報告件数が全く異なります。手元の文書にはこう明記されています。

『1986年4月のウテメリンの承認以来、2002年12月末までの16年8か月の間に、妊婦に現れた重い副作用251例が報告されています。副作用報告の内訳は、無顆粒球症関連が132例。肺水腫が87例(うち1例は死亡)。横紋筋融解症が32例。短期投与でも重い副作用を発症した妊婦が少なからずいた。』。

 ▽お分かりのように、小冊子は1986年4月の発売から2002年12月末までの重い副作用に関する記述が完全に欠落しています。資料を見落としたのでしょうか。それとも廃棄したのでしょうか。実に不思議な話です。

▽小冊子には「国内における対応が決定され次第、速やかに先生方へ情報をお伝えします」とも書かれています。重い副作用が確認され、海外では使用制限あるいは承認取り消し(製品回収)の事態になった以上、まず迅速、かつ、詳らかに情報を公開する。そのうえで改めて厚労省やPМDA、ウテメリンを実際に使用している産婦人科医、さらに可能なら投与された経験のある妊婦さんも交えて真摯に話し合う。それが、人の命を預かる製薬会社の社会的責任だと思います。

▽EUがウテメリンを規制して既に3年3ヶ月近く経ちました。この間、厚労省や日本産婦人科学会は、ウテメリンの産科適応に対し、未だ何のリアクションも起こしていません。キッセイ薬品と厚労省外郭団体のPMDAの協議結果が公表されただけです。果たして、このまま放置しておいてよいのでしょうか。

▽今や世界の先進国でウテメリンが長期使用されているのは日本だけです。この3年余の間に、女性の社会進出はさらに進み、切迫早産の可能性が高くなる高齢出産の妊婦が増えています。妊婦にも赤ちゃんにも危険なウテメリンの出番は止まりません。にもかかわらず、製薬会社が一遍の小冊子を発行し、お茶を濁してしまう対応でよいのでしょうか。官僚や政治家、さらには学会の傍観は、あまりに無責任です。


▽ブログを読んでいただいている皆さん、どうか声を上げてください。少子化が深刻化し、女性の活躍が声高に叫ばれています。今こそ、妊婦や胎児にリスクの高い薬を追放する好機なのです。