▽50年以上の産科医療に従事する中で、数えきれない数の赤ちゃんの誕生に立ち合いました。超音波検査が産科で使用されるようになったのはそんなに古いことではありません。しかし、健康な胎児は分娩というストレスに耐え、この世に生まれて、すぐに「オギャー」と元気な声を上げます。産科医として、この声を聴いて初めて、この世に生まれてくれたか、と安堵のため息をついてきました。

▽赤ちゃんが分娩というストレスに耐え切れず、産声を元気にあげられない場合が2つあります。

1.難産の場合です。胎児の大きさが産道の広さを超えるなどの理由からです。

2.胎児奇形(心臓を含め)で誕生後に死亡する場合です。

 

▽2014年7月28日。高松市の病院で緊急帝王切開手術によって、大林夏奈(なな)ちゃんが生まれました。夏奈ちゃんは生後ほぼ2か月後の9月20日、心臓の左心室の筋肉が障害を起こして心不全となる「拡張型心筋症」の恐れがあると診断されて、入院生活が始まりました。(『ななちゃんを救う会』公式サイトより)

このような難病は、産科医としての長い経験のなかで以前は誰も考えも及ばないことでした。あくまで印象ですが、心臓奇形を除けば生後間もなくの新生児の「拡張型心筋症」という難病がしばしばマスコミで報道されるようになったのは最近の話ではないかと思います。

 

▽一昨年10月24日。大阪市のグランフロント大阪で開かれた第24回日本小児心筋疾患学会に初めて参加しました。心臓移植の専門医師や小児科の医師ばかりが集まった場に飛び込んでみました。新生児の拡張型心筋症を少しでも知りたかったからです。

大阪大学小児科の先生方の演題を傾聴していました。すると、気管支喘息の治療に用いる「イソプロテレノール」を投与して動物の心臓の筋肉を厚くし、拡張型心筋症類似のモデル動物を作り、その治療をするという講演がありました。

▽私は驚いて、座席から立ち上がり次のような質問を演者に発しました。

「産婦人科ではウテメリンという比較的β受容体に働くが、α受容体にも作用するという交感神経系に作用する薬を切迫早産の治療に長期間使用しています。そうしますと、産婦人科で切迫早産の妊婦さんに広くなされている“張り止め薬”による治療は、胎児の心臓に拡張型心筋症類似のリスクを与えているのと同じことになりませんか?」。

フロアーからの私の突然の問いかけに、演者も座長も黙りこくって何も答えていただけませんでした。

 

▽私たちのNPOの会員に心臓専門医がいます。その医師は「イソプロテレノールの投与で心臓の筋肉に障害(壊死)が起こることが考えられる」と指摘します。

ここで念のために申し上げますが、大林夏奈ちゃんのお母さんが、イソプロテレノールやリトドリン塩酸塩(ウテメリン)を投与されたという証拠は一切ありません。ただ気管支喘息の治療薬に使われる成分を含む薬剤(イソプロテレノールなど)を長期投与すると、心筋に障害を引き起こすことは、心臓の専門医には当然のことと考えられているようです

▽日本産婦人科学会が切迫早産の妊婦さんに投与を推奨している「ウテメリン」と同じ系統の薬剤が、小児の心筋疾患の治療法を研究する日本小児心筋疾患学会では、動物モデルとはいえ、拡張型心筋症類似モデルを人為的に作り出す薬剤として使われているのです。

 

▽この実態を、皆さんはどう思われますか。タテ割り意識が根強いのは役所ばかりではありません。学会も五十歩、百歩の状態なのです。これでは、いつまでたっても、妊婦さんや赤ちゃんに安心、安全な薬剤の提供など不可能です。これを突き崩すには、皆さんの力をお借りするしかないと訴えていることを、少しご理解いただけると思います。

 

▽最後です。皆さんのご理解を深めるため、専門用語を少し説明します。運動をしている時、私たちは興奮している状態となります。この時、心臓の拍動数は早くなります。このように、交感神経は体を活発に活動させる時に働く神経です。「闘争と逃走の神経」とも呼ばれています。

交感神経系に作用する薬は、アドレナリン受容体に作用して働きます。アドレナリン受容体にはα受容体とβ受容体があります。小児科の先生が使っていた「イソプロテレノール」はα受容体とβ受容体の双方の交感神経レセプターを刺激する薬で喘息治療などに使われています。