▽このところ、切迫早産の治療に「ウテメリン」や「マグセント」を使われ、苦しんだ妊婦さんたちの実例を紹介してきました。これほど妊婦さんに負担を強いる、副作用がひどい薬物治療が許されるのでしょうか。妊婦さんは風邪薬でもお腹の赤ちゃんへの副作用を心配して飲むのをためらわれます。

▽それなのに、これほど強い副作用のある薬剤を産婦人科医が処方するのは、国が「ウテメリン」や「マグセント」を切迫早産の治療薬として認めているから良しとすべきなのでしょうか。お腹の赤ちゃん(胎児)は、苦しみを訴えることができません。誕生した後の影響がとても心配です。

▽1970年4月、名古屋大医学部の大学院を修了し国立名古屋病院(現在の国立病院機構名古屋医療センター)の勤務医として産婦人科臨床の現場に入りました。当時、日本の年間分娩数は、ほぼ200万人。今の倍近くでした。当然ですが、切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんたちも治療しました。最近の妊婦さんが、必ず装着する分娩監視装置(CTG)が普及する以前の話です。

▽そのころから、私は妊婦さんの血液中のペプチドホルモンの1つを分解する酵素(私はP-LAP=ピー・ラップと名付けています)の測定値の変化に注意しながら、切迫早産や妊娠高血圧症を治療しました。P-LAPは、妊娠されていない女性の血液には存在しません。正常な妊娠が進行するとともに数値が増えていき、妊娠末期には約100単位になります。

▽即ち、P-LAPの測定値の変化は、切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんの病状を反映しているのです。その事実を突き止めたことによって、病状が悪化する妊婦さんのP-LAPの値は、正常な妊娠と違って、低下することも分かりました。

 

▽そこで次は、どうすればP-LAPを増やすことができるか。どんな方法があるのか。そのヒントが、米国ハーバード大学ボストン産科医院のスミス博士の論文に書かれていました。(1)

このスミス博士の論文を基にして、私なりに工夫を凝らしたのが「エストロゲンとプロゲステロンの暫増療法」なのです。

▽1970年の冬、暫増療法を重症妊娠高血圧症の妊婦さんに試す最初の機会が訪れました。ところが、思わぬ障害が待っていました。当時も今も、日本の周産期医療ではエストロゲンとプロゲステロ

ンを妊婦に使うのは一般的ではありません。特にエストロゲンは現在も使用禁止(禁忌)とされています。そこで、妊婦さんの同意を得て、父が営む三重県桑名市の産婦人科医院の妊婦さんとして治療することにしました。

スミス博士の論文によると、博士は2つのホルモンを治療中は一定量で継続的に投与していました。最長は7日間でした。これに対し、私は妊婦さんの血液中の2つのホルモンが妊娠週数が進むにつれて、徐々に増えていくことに着目しました。切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんの治療は、ホルモンを妊娠週数で徐々に増やしながら投与していく方法が最善と判断しました。ただ、この治療法はP-LAPの計測が必須です。

▽切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さんの病状を観察して、P-LAPが妊娠の進行とともに増えるときは、ホルモン療法の効果があり、継続可能と判断できます。ところが、ホルモン療法を継続しても、P-LAPの測定値が低下していく時は、ホルモン療法の限界です。

 

▽国立名古屋病院の後、静岡市の静岡済生会病院(現在の静岡済生会総合病院)に転勤しました。そこでも、妊婦さんの同意のもと、この治療法を試みて有効性を確認出来ました。

 

▽しかしながら、名古屋大学在職時は、医局員からホルモン療法への協力を得られず苦労しました。医局員が、「ウテメリン」や「ブリカニール」といった薬剤で治療中の切迫早産や妊娠高血圧症の妊婦さん数人に、同意を得てホルモン療法を併用しました。「ブリカニール」も喘息治療薬の転用剤で心臓への負担が重く、現在は産科では使用禁止になっています。

▽その数人の妊婦さんたちは、ホルモン療法を開始したら間もなく、「ウテメリン」や「ブリカニール」を使う必要がなくなり、点滴注射から解放させることができました。妊娠高血圧症の妊婦さんは血圧が降下して症状が治癒しました。むろんP-LAPが、妊婦さんたちの症状を管理するのに極めて役立ったのは言うまでもありません。文献(1-4)

▽「ウテメリン」や「マグセント」に苦しむ妊婦さんたちのことを思うと、当時、医局員にもっと協力を求めてホルモン療法の症例を増やし、普及の礎を築いておくべきだったと悔やまれます。開業医のクリニックは、大学病院とは環境が異なります。ホルモン療法をやりたくても、自ずと限界があるのです。

1.S.Mizutani  E. Mizutani, Exp ClinEndocrinol Diabetes 2015; 123:1-6

2.水谷栄彦他、日新生児誌 1978;14(4):534-540

3.S. Mizutani et al. 1988; Exp Clin EndocrinolDiabetes 1988;92:161-170
4. M. Naruki,S. Mizutani etal.Med Sci Res 1995;23:797-802