1図中毒症 

▽妊娠高血圧症や切迫早産の治療には 本当に喘息治療薬の転用剤や硫酸マグネシウム剤を使う以外にないのでしょうか。担当する産科医から「この薬以外に治療薬はありません」と言われたら、患者さんはその言葉に従い、やむなく治療を受けるしかありません。そうではないことを知ってもらうため、2013年3月に『妊娠中毒症と早産の最新ホルモン療法』というタイトルの小冊子を発行しました。さらに2012年9月にブログ(http://plap.doorblog.jp/archives/18011183.html)を書きました。危険な薬剤に頼らず、妊娠高血圧症や切迫早産を治す全く別の治療法「ホルモン療法」が、どういう背景で誕生したのか。皆さんに知ってもらいたくて、今一度ご無紹介します。

 

▽“水谷式ホルモン療法”は、1970年4月に赴任した国立名古屋病院勤務時代、大勢の妊娠高血圧症の妊婦さんを治療する中から生まれました。この病気は、いうまでもなく高血圧が主症状で治療法は昔から降圧剤です。様々なタイプの降圧剤を妊婦さんに投与しました。しかし残念ながら、重症妊娠高血圧症では、降圧剤はほとんど効果がありませんでした。降圧剤の投与を続けると、血圧の上昇は頭打ちになりましたが、殆どは赤ちゃんが亡くなりました。つまり赤ちゃんの死亡とともに、妊婦さんの高血圧症が治癒するのです。

▽当時、妊婦健診は母子手帳に記載されていた1.血圧測定、体重の測定(浮腫のチェック)、2.聴診器(トラウベ)による胎児心拍の確認、3.触診で胎児の位置確認(逆子のチェック)だけでした。当時は子宮収縮ホルモンの「オキシトシン」が陣痛誘発剤として広く使われていました。このオキシトシンを分解し、その働きを無くする酵素が「オキシトシナーゼ」です。

▽妊婦の血液中には妊娠の進行とともに「オキシトシナーゼ」が増えていきます。「オキシトシン」が子宮を収縮させて、うまく陣痛を誘発させるには「オキシトシナーゼ」の変化(減少)と関連しています。妊娠の進行とともに、妊婦の血液中では「ロイシンアミノぺプチダーゼ(LAP)」という物質が増えていきます。「ロイシンアミノぺプチダーゼ」は胆道酵素とも呼ばれ、今でも肝機能の検査に用いられています。

 

▽まず妊娠に関係する酵素の働きを勉強して、妊婦で増加するLAPは胎盤に由来(胎盤性LAP=Placental AminoPeptidase=P-LAP)し、オキシトシンを分解する「オキシトシナーゼ」と同じ酵素ということを突き止めました。LAPは、国立名古屋病院の検査室でも簡単に測定できました。妊婦健診の外来では、妊婦さんのP-LAP値を測定して、「P-LAPが順調に増えていますから、赤ちゃんは順調に育っていますよ」と説明していました。今と違って十分とは言えない妊婦検診を、P-LAPの測定値の変化に注目して補うことによって、胎児の状態を診断していたのです。自然陣痛が起こる約10日前からP-LAP は減少(低下)かまたは横ばいとなります。ですからある程度自然陣痛の予測も出来ました。

▽一方、重症妊娠高血圧症では、降圧剤を妊婦に投与して妊娠継続を試みました。しかし正常妊娠と異なりP-LAPは増えず、胎児は死亡しました。P-LAPの測定値が減っていくとともに胎児が亡くなっていくのです。降圧剤以外に別の治療法はないか。胎児が亡くなる度に頭を抱えて悩み、手当たり次第に医学書を読みました。

そして1970年の夏、講座Nо94のブログで紹介したように米国ハーバード大学ボストン産科医院のスミス博士の論文を発見しました。スミス博士は、重症妊娠高血圧症の患者は、尿中のエストロゲンとプロゲステロンが減っていたことに着目して、この2つのホルモンを補充する方法で治療していました。博士の論文は、1941年発行の医学雑誌に掲載されていました。文献

論文によると、重症妊娠高血圧症の患者に一定量のエストロゲンとプロゲステロンを毎日注射して最長で7日間妊娠の延長に成功していました。ホルモン療法の降圧効果は一時的だったものの、ともかく7日間の妊娠延長が認められたと書かれていました。

▽スミス論文を参考にして、次はホルモン療法で7日以上の妊娠延長が可能になる方法を探りました。その結果、1.正常妊娠ではエストロゲンとプロゲステロンは妊娠の進行とともに増えるため、週数ごとにホルモン量を徐々に増やしていく。2.P-LAPの測定値の変化で治療効果を判定するーの2点を考えました。

プロゲステロンの妊婦への投与は、最近でこそ日の目を見るようになりました。しかし、当時も今も、周産期医療でエストロゲンとプロゲステロンを妊婦に使うのは一般的ではありません。とくにエストロゲンは現在も禁忌とされています。

▽そういう背景の中、1970年の冬、父が経営していた産婦人科医医院の患者さんに “水谷式ホルモン療法”を初めて試みました。国内初のホルモン療法です。

妊婦さんは、最初の妊娠時に重症妊娠高血圧症になっていました。今回は、妊娠30週に血圧上昇と明らかな浮腫で入院。入院後安静療法で経過観察し、血圧190/130mmHgに上がって、蛋白尿も確認されました。

▽入院7日目にホルモン療法を開始。4日目にP-LAP値が激減し、胎児の死亡を恐れました。ところが、投与するホルモン量を徐々に増やしていくと、P-LAP値が正常妊娠の平均値位まで上昇。血圧が下がって、浮腫も改善されました。

妊娠33週にはP-LAP値は最高値を示し、血圧148/110mmHgと改善。その後もP-LAP値の推移を見ながら妊娠継続を目指しました。医院で採血し、それを国立名古屋病院の検査室で自分でP-LAPの測定をしました。

▽しかし、P-LAP値はその後次第に減少し、血圧も改善しませんでした。P-LAP値が9日以上連続して減少したため、妊娠35週で帝王切開手術。1750gの男児(アプガースコア8点)を分娩させました。術後の経過は順調で、母子ともに7日後に退院しました。

▽エストロゲンとプロゲステロンのホルモン暫増法とP-LAPによる胎児・胎盤モニターという“水谷式ホルモン療法”によって、スミス博士の7日間の妊娠延長記録を2週間延ばし、3週間に更新しました。

図はその経過です。Blood Pressure(血圧)Body Weight (体重)Progesterone(黄体ホルモン)Estradiol(エストロゲン),破線は正常妊娠のP-LAP平均値の妊娠週数の変化です。

 

文献 Smith GV, Smith OW. J Clin Endocrinol1941;1:477-484