▽正常妊娠では妊娠40週で分娩となります。これを正期産と言います。ところが、過去の多くの研究から妊娠28週以前に生まれた新生児(いわゆる早産児)は、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の発症頻度が多いことが明らかになっています。

 

▽それでは28週から36週の早産児のADHDのリスクは、どの程度でしょうか。気になりますが、残念ながら明確になっていません。

 

2005年に早産児(28週から36週)ADHDの発症頻度を調べた論文がありました。(文献1) このブログで何度も指摘していますが、デンマークでは国民の疾病調査を国家が管理しており、個人の病歴を長期にわたって追跡調査することが出来ます。

 

▽1980年から1994年の間に生まれた出生児のうち1999年12月までに国の精神疾患センターへHKD(多動性障害)/ADHDと診断、登録された834人を調べました。

 

▽それによると、834人中314人がADHDでした。2万100人の満期(正期)分娩児を対照群にして比較検討しています。正常分娩と比べ、妊娠34週―36週分娩の早産児では、HKDの頻度が70%増えていました。(RR:1.7, 95% CL:1.25-2.4)。

 

▽妊娠34週以前の早産児では、約3倍増加していました(RR:2.7,95%CL:1.8-4.1)。満期分娩で体重1500-2499gの新生児では、HKDの頻度が90%増えていました(RR:1.9,95%CL:1.8-4.1)。

 

▽また満期分娩で体重2500-2999gの新生児では、HKDの頻度が50%増加していました(RR:1.5,95%CL:1.2-1.8)。

 

 

▽この研究から、早産児および満期分娩でも1500-2499gの新生児では、HKD/ADHDの発症頻度が増加することが明らかになりました。いわゆるVery preterm infant(早産児)、出生時の在胎期間が32週未満の赤ちゃんは、世界的に公衆衛生(public health)や教育上大きな問題となっているのです。

 

▽一方、国内では世界最小の新生児が元気で退院した報道が相次ぎました。最初の新生児はブログ(講座No.135)で取り上げました。2例目は妊娠高血圧症候群で妊娠24週目に緊急帝王切開手術で極小未熟児(出生時体重が1500g未満)を誕生させました。

 

▽体重258gで出生したにもかかわらず、3000g台の正常児に育てて病院から実社会に飛び立たせたのは、我が国の高度周産期医療の成果であることは間違いありません。称賛に価すべき話だと思っています。

 

▽ただ、そもそも、どうして体重258gの赤ちゃんが生まれたのか、が大きな問題です。妊娠24週目に緊急帝王切開手術をして取り出しています。お母さんが妊娠高血圧症候群だったからです。

 

▽赤ちゃんをそのままにしておけば、お母さんの生命にかかわります。だから、やむを得ず分娩させ、人工保育器に移して十分なケアを施し、結果的に正常児に育て上げたのです。仮に母親の妊娠高血圧症候群を安全な方法で治療できていれば、帝王切開や人工保育器を使った高度ケアは不要だったでしょう。

 

▽重症の妊娠高血圧症候群でも少なくとも3週間は妊娠延長を可能とする治療法があります。私はその方法で少しでもお母さんのお腹の中で胎児を成長させて、極小未熟児を避ける努力を重ねてきました。

 

▽日本産科婦人科学会の学術集会が4月、名古屋市で開かれました。藤田医科大学ばんたね病院の先生と共同で、この治療法を発表しました。ブログ(講座Nо.94)でも紹介している「ウテメリンやマグセントを使わなくても妊娠高血圧症候群や切迫早産の治療が出来ます」などのブログをお読みください。

 

▽産婦人科医として周産期医療に半世紀近く携わってきました。誤解を恐れずに言います。産婦人科医は、人工子宮(人工保育器)が発達したことで、自らの危険を回避して早く娩出(分娩)させ、"責任逃れ"するようになっているように、私の目には映ります。胎児にとって最も快適な“ゆりかご”は、お母さんの子宮であることは論を待ちません。正常分娩こそが、母子ともにベストなのです。

 

▽世界一小さく生まれた赤ちゃんを、人工保育器で標準体重まで育ててお母さんの手に渡す。確かに素晴らしいことです。しかし赤ちゃんのその後を考えると、産婦人科医として手放しで喜ぶ気持ちにはなれません。ADHDなどのリスクがあるからです。

 

▽私たち産婦人科医の仕事は、未熟児出産につながる妊娠高血圧症候群や切迫早産の治療方法を一刻も早く確立することです。子宮の中ですくすくと育った赤ちゃんをお母さんに抱いてもらう。その当たり前の光景を実現することこそ、産婦人科医本来の仕事だと思うのです。

 

*ADHDAD/HD注意欠如多動性障害 )は、「不注意」と「多動・衝動性」を主な特徴とする発達障害の概念のひとつです。AD/HDを持つ小児は家庭・学校生活でさまざまな困難をきたすため、環境や行動への介入や薬物療法が試みられています。AD/HDの治療は人格形成の途上にある子どものこころの発達を支援する上でとても重要です。

Confidence interval (CI)(信頼区間): 主な統計解析結果をとりまく不確実性の指標。実験的介入を対照と比較する相対リスク(RR)のような未知量の推定値は、通常、点推定値と95%信頼区間として提示される。

*相対危険度(relative risk: RR)とオッズ比(odds ratio: OR

 相対危険度とオッズ比は類似した概念で、何らかの要因に暴露された場合に何らかの状態になりやすいかどうかを判定する指標。

 

文献1.KM Linnet et al. Arch Dis Child 2006;91:655-660