米HealthDay newsが7月31日のウェブ版で、 妊娠中の女性は、食物繊維が豊富な食事を取ることが、妊娠高血圧症候群(HDP)の予防に有益とする研究結果を、豪シドニー大学のRalph Nanan氏らが発表した、と報じました。英国の有名な総合科学雑誌「Nature」の姉妹誌「Nature Communications」の7月10日付オンライン版を転載しています。(文献1)

 

Nanan氏らは、妊娠中は、腸内細菌が産生する特定の代謝産物を増やすことが、正常妊娠の維持に有用と指摘。欧米の食物繊維が乏しい高度加工食品の食生活が、ますます主流になっていることが、HDP発症に関係している可能性も示唆し、HDPの予防に繊維成分の摂取を勧めています。

 

▽カルシウムの摂取が、HDP発症を予防することは古くから研究され、広く知られている事実です。しかし食物繊維がHDPを予防するというのは、HDPの研究に長年取り組んできた私にも初耳でした。

 

▽興味津々で、「Nature Communications」が掲載しているNanan氏らの論文を読んでみました。残念ながら、私には難しすぎて、よく分からない、というのが率直なところです。

 

▽ただ気になる点がいくつかあります。まず、論文の冒頭です。HDPは、免疫異常が疾患の基本である、と言い切っています。

産婦人科医なら、誰でも知っていますが、HDPは古くから原因不明の妊娠合併症として認識され、いまだ未解決のテーマなのです。

▽それを、「HDPは免疫異常疾患」と簡単に断定されてしまうと、私だけでなく、多くの産婦人科医のみならずHDP研究者は困惑してしまうでしょう。

 

▽産婦人科医にとって、HDPは、象の体の一部を触って分かったかのような錯覚をおこし、これがHDPだと言っているような疾患と言われてきました。尻尾を触り、鼻を触り、お尻を触り、それぞれの研究者、医師が、これこそHDPの本態だと発表してきたのです。

 

▽豪州の論文は、難しい免疫調節因子を測定して、研究をHDPと関連付けています。HDPは妊娠時の高血圧症で、分娩後は急激に治癒します。即ち胎児が娩出されると、たちどころに治癒するのです。重症のHDPでは、急激な血圧上昇で母体と胎児双方の命が危険にさらされます。

 

▽このため現状では、産婦人科医は妊娠期を問わず分娩させてしまい、その後は小児科医に任せています。未熟な新生児が、人工保育器で育てられて健常児に成長、退院する様子がテレビによく流されています。あの未熟児たちは、妊娠高血圧症でやむを得ず、母体から取り出した子供たちなのです。

 

▽免疫異常だけでは、このような急激に起こる血圧上昇の説明は出来ません。それでは、Nanan氏らは、免疫異常とHDPを結びつけるのに、どんな論理を組み立てたのでしょうか。

 

▽高繊維食が、腸内細菌叢を変化させて、心血管疾患を予防すると結論づけています。手短に言うと、高繊維食が、腸内細菌叢を変化させる結果、腸内に酢酸が増加します。その増加した酢酸が、血圧を降下させる、と主張しているのです。腸内の酢酸増加が血圧を下げるとする報告(文献2)を引用して彼らの論理を組み立てています。

 

▽私は過去、多数の重症なHDP患者の治療に携わてきました。Nanan氏らの論理は、よく言う 『風が吹けば、桶屋がもうかる 』という類の話に思えます。ただ少し手短すぎるので、興味のある方は、Nanan氏らが免疫異常とHDPをリンクさせている論文の記述(文献1,2)をお読みください。

 

▽さて、講座No.141で事前報告していましたが、8月2-3日に岐阜市の岐阜大学サテライトキャンパスで第24回日本病態プロテアーゼ学会学術集会in岐阜が開かれます。

この席上、新しい理想的なHDP治療薬の機序が発表されます。胎盤の酵素を活用する治療薬です。

この酵素は、カルシウムで強力に降圧作用を増強させます。高繊維食よりも、カルシウム摂取の方が、よほど理にかなったHDP予防法になります。やっと発表できる段取りになりました。ぜひ、注目してください。

 

文献1:Decreased maternal serum acetate and impaired

fetal thymic and regulatory T cell development in

preeclampsia https://doi.org/10.1038/s41467-019-10703-1

文献2:High-Fiber Diet and Acetate Supplementation Change the Gut Microbiota and Prevent the Development of Hypertension and Heart Failure in Hypertensive Mice. Circulation. 2017 Mar 7;135(10):964-977. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.116.024545. Epub 2016 Dec 7.